God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
森畑は……ちょろかった
「あたしも!沢村と同じラテにするっ」
塩谷真理子と永井結衣、2人の女子仲間を伴って藤谷サユリはやってきた。
右川が捨てようとしたカップを取り上げてチラ見、ゴミはそのまま右川に返り討ちして、藤谷は店内に入る。何故それが俺のカップだと分かるのか。
一体どの辺りから見ていたのか。そして一体、どこで聞きつけて。
店内は急に騒がしくなった。
成り行き上、俺も右川も、また同じ椅子に座らされる羽目になる。
藤谷らはそれぞれが飲み物を買い、そこら中の商品を値踏みして、「クリスマス商品さ、去年と変わんないね」「チャイラテは飽きたな」と一通り文句を言って、こちらに向かって来た。
「隣、いいかなぁ」
成り行き上、藤谷は俺の隣に居座る。
だって……剣持の隣に座らせる訳にいかないだろ。
地獄的な嫌悪感を漂わせる右川に、言い訳めいた目線を送った。
その辺り……分かってくれよと、今は望みをつなぐしかない。
藤谷以外はその後ろ、2人掛けに堂々と収まった。
もういつでも援護射撃できると言わんばかりだ。賑やかに、「さっき見ちゃった」という、「遠藤んちの姉ぇちゃんな」「ぶっす~」と沸いている。
そんなやり取りを小耳に挟んで、そして急激にこちらの女子密度が増した事を見逃さず……森畑がまた、のこのことやってきた。
自己紹介もそこそこ、「俺も、隣いいかな」と(これは右川の言う通り)馴れ馴れしく輪に入る。その結果、森畑は藤谷の隣になった。
そこは嬉しそうな森畑だったが、その反対隣の右川とは、この女は嫌だ!と言わんばかりに心の距離を置いている。
森畑は、最高の笑顔を藤谷に向け、長い足は右川に投げ出して。
右川は、特有の嫌悪感を森畑めがけて送った。ターゲットをロックオンするスナイパーの如く、目を光らせている。チッと舌打ちまで……何だか、厄介な事になりそうだ。こっちは警戒レベルを1つ上げておく。
「剣持と、あの子。上手くいってるの?」
藤谷は俺に向かって、こっそり囁いた。
やっぱりというか、それが聞きたくてやってきたんだな。
もう話は終わったと言うと、藤谷は折山を不思議そうに見ながら、「この子の事さ、何で真理子たちに相談しなかったの?同じ体操部なんだよ?」と、剣持に迫る。
「だーかーらー、そういう大切な事を相談できる相手じゃないって事」
さっそく、右川がブッ込んだか。
いきなりケンカ越し。「おい」と一応、牽制。
森畑は、ぱあっと目を輝かせて、「うっわ、すげ」と面白そうに見物の姿勢を取った。
藤谷は頬杖をついてラテをひと口すすると、
「なーんか、あたし達って信頼されてないのかなぁ。それってちょっと傷つくよね?」
剣持あたりに同意を求めたらしいが、剣持はバツが悪そうに眼を反らす。
見た所、藤谷は、右川の反応を真に受けていない。俺はそれに安堵した。
藤谷は、次にはその興味を森畑に向けて、
「沢村にこんな友達っていたのぉ。付属かぁ。すごいねー」
「全然凄くないって。クソ面白くないよ。可愛い女の子も居ないしさ」
森畑はノリノリで機嫌よく会話に応じている。
一言云っておきたい。
可愛いかどうかは別として、おまえにはちゃんと彼女がいるだろ。
見渡せば、森畑と藤谷。そして、剣持と折山。近付きつつ、微妙に距離も取りつつ、その性質は違えど会話は盛り上がっている。
藤谷はよっぽど森畑が気に入ったと見えて、「ね?もう彼女とかいる?いなかったら双浜の子、誰か紹介しようか。ね、いいよね?沢村」と早速、取り込んだ。「それいいなー」と、森畑も気軽に答えて。
いやだから、付き合ってる彼女はどうすんだって。
とりあえず藤谷の相手になってくれる今だけは、黙っておく事にして。
(俺ってズルいな。)
右川は……まるで陥没したように静かであった。
藤谷と折山を交互に眺めているが、その視線の性質は明らかに違う。
右川がいつ何時暴れだしはしないかと、俺はそればかりが気になった。
どういう話になったのか、藤谷が森畑を強引に引っ張って、「ゲーセンに行ってくる!」と連れ立って行ってしまった。「「あたしも」」と仲間の2人もそれに続く。「あたしも、ちょっと、あいつらを偵察してくる」と、右川までもが後を追いかけて行った。ていうか、行ってしまった。
「待てって!」と引き止めた声は、多分届いていない。
行ったきり、なかなか戻って来ない。
あれほど嫌そうにしていたと思ったら、急にニコニコと引っ繰り返る。
……これは、ヤバい。経験者は語る。ヤバい気しか、しない。
「右川のヤツ、偵察とか言っちゃって。おまえの友達と変な事になってんじゃないか」
笑い掛けたその先、俺に睨まれて剣持は黙った。
「それより、藤谷さん達と変な事になってないかな」
折山だけが心配そうに、右川が消えた後もずっと後ろを窺っている。
それだよ。さすが右川の友人。常識感覚は健在だ。
「あいつは根っから、バトル体質だからな」
俺は頭を抱えた。
そういえば、付属男子との対立はあるにはあった。
だが重森や永田のように、腕力で戦うまでには及んでいない。
どうにかハッタリをかまして都合良く手中に収め、結果、特にこちらに被害は無かった。(扉は壊れたが。)
「沢村はどこまでも優しいな!」
「カズミちゃんの事が心配なんだよね?」
「てゆうか、実はあっちに妬いてんだろ。本音を言え!」
折山と早くも息の合った、絶妙の波状攻撃であった。
折山の声はのんびりで思わず眠くなる。気持ちよくそれに身を委ねていた所へ、剣持の声が100倍サラウンドで襲ってきて……まさに、絶妙。
藤谷は別として、いくら相手が気に入らないからって、出会って早々手が出るなんて、さすがに右川でも無いだろう。森畑も大人だし。
あれだけ右川を嫌悪した森畑が、ボコボコに言いくるめられて精根尽き果て、持っていかれる瞬間を見れないのが悔しい……イライラしながら、俺はそう思う事にした。
そこへ、右川が1人で戻ってくる。
風呂上がりみたいなさっぱりした顔で、自信満々、「平気だよ!」と親指を立てた。
「今見てきたけど、藤谷さんがあの付属野郎に夢中でさ」
それはよかった……いや待て、あいつには彼女がいるんだけど。
「そうか」と剣持は目に見えて、ホッとしている。
「付属は付属でチャラってるし、付き合いだすのも時間の問題じゃね?結局、藤谷さんは誰でもいいんだよ。まー、付属って女子に免疫無いじゃん?だから基本ちょろいんだよね」
これは森畑には黙っておこう。
「学校にいる間はさ、ちょっとこいつを与えときゃよくね?」
その指は、俺を真っ直ぐさしていた。
「そだね」と俺は言った。とりあえず。流行語大賞おめでとうございます。
「藤谷さんの性格、沢村はそこらへん誰より分かってんだしさ。上手くあしらって。ね、センセイ」
「そだね」
「あの付属野郎とも友達なんでしょ?そのへん、連携とって上手くやんなよ。ね、センセイ」
「そだね」
「後はクリスマスが終わって、冬休みに入っちゃえばもう平気でしょ。ね、センセイ」
「そだね」
俺は一点を見詰めて、とにかく曖昧な反応を繰り返した。
当の右川は、この不穏な空気に全く気付いていない。剣持は察した。
「い、いいのかな。沢村は、それで」
俺は平常心を装った。(もう、それしかない。)
「ああ、かなりとっても全然、超・平気だよ」
もう慣れたから。
というか、剣持と折山が定着するまでの我慢と思えば、許せる。
森畑がどこまで役に立ってくれるかしらないが、(公認の)彼女の機嫌を損ねない程度に藤谷を転がしてくれたら言う事無い。
右川の言う様に、学校では俺が上手く立ち回ればいい話だ。
剣持が不安そうに、俺の顔色を窺う。フッ。彼女公認で、他の女子に宛がわれる男の切なさを知れ。
折山だけが、何の事か分からないと言った様子で、右川と剣持を交互に見ていた。藤谷の未練云々を、折山には一切伝えていないと見た。
知らなくていい。それほど真剣な付き合いでもなかった。
時刻は午後6時を回った。
森畑は帰った。帰り際、すこぶる機嫌が良い。
「何か、悪かったな。俺の」と一応詫びると、怒るどころか、「おまえの彼女って、勢いあるよな」と褒めた(?)。物は言い様だな。
聞いてると、とりあえず勢いで彼女とぐらいは、自分で名乗ったらしい。
「沢村の事、すげー優しいって言ってたぞ」
またか。
そんな肝心な事を、本人の前では1度も言ってくれた事が無い。
「とりあえず、彼女の顔も見れたし、塾でまたゆっくりな」
結論。
森畑は……ちょろかった。
そういえば右川とゲーセンに行った事は無い。右川は好きだろうな。
森畑もああいう場所が好きなら、お互い話は弾んだことだろう。
見ていると、藤谷が1人、折山を強引に引き連れてショップに入っていく。
それを見て慌てて右川も追いかけて行った。
妙なことにならなきゃいいけど……剣持と顔を見合わせる。
女子の中に嬉々として入る事はできないが、何が起こるかわからない不安があると、一応、声の聞こえる辺りまでやって来て。
そこに女子の塩谷と永井が、トイレから戻ってきた。
やたら甘い香りをぷんぷん漂わせている。
化粧が濃くないか?ていうか、一段と顔色が悪くなった。
いつも思うけど、盛り過ぎだろ。そして眼力は強くなりにけり。
「「サユリは?」」
あそこの店にいると教える。
ついでに、俺も……様子を見てくるかな。
剣持に、目で合図した。

< 13 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop