星空電車、恋電車
ああそうだ、と柴田さんが私に微笑みかけた。
「人手不足なのよ。チナちゃん、よかったら今からでも入らない?山下は早々にサークル抜けちゃったし」

たぶん、柴田さんの言葉に裏の意味や悪意はないと思う。彼女の笑顔は自然なもので

「いえ、私はバイトもやってるし・・・ごめんなさい」
あり得ないお誘いに曖昧な笑顔を浮かべてなんとか声を絞り出すけれど、もの凄く挙動不審だっただろう。

「どっかで見たことあると思ったら、そうか」樹先輩の隣にいた男子学生から声がかかる。

「キミっていつも山下が超かわいがってる1年生か。沙百合、この子は無理だって。山下がいないのにこのサークルには入らねえよ」”なぁ”などと勝手に同意を求めてくる。

もちろんこのサークルには入らないけど、それは山下さんがいないからじゃないんですが。
思わず不服そうな目で男子学生を見そうになってしまったけれど、誤解された方が都合がいいかもと思い直して「はい、そうですね」と頷いておいた。

「そっかー、残念」
その返事であっさりと柴田さんは諦めてくれたらしく「沙百合、先に行くぞ」と他の男子学生に声をかけられるとすぐに「じゃあまたね」と私に手を振った。

私もそんな柴田さんに会釈をしようとして目の前の樹先輩の視線に気が付いてしまった。

どのタイミングからなのかわからないけれど、樹先輩は真っ直ぐ私を見つめていた。

次に会った時には他人のふりをしてって言ったのに。
これじゃさっきの私よりも挙動不審でしょうに。

「樹?」

柴田さんが樹先輩が自分に付いてこないことに気が付いて足を止め、樹先輩の左腕に自分の右腕を絡ませて引き寄せようとしている。
親しい二人の姿が目に入った途端、胸の奥がずきんと痛んだ。

そうして身体の奥底からどんどんと湧きだす痛みと黒い感情に私は激しく動揺してしまう。

「ねえ、どうしたの樹」
そう言って柴田さんはまた更に深く腕を絡ませるように樹先輩を引っ張った。

ざわりと背中に悪寒が走った。
やっぱり、無理。いや。

途端に顔を背けて駆けだしてしまった。


気軽に樹先輩に触れる柴田さんは嫌い。ホントに大嫌い。

彼女だった時ですら私は樹先輩にあまり触れることができなかった。
それなのにーーー

どっちも嫌い。きらい、きらい、きらい。
大嫌い。

そんな事で気が付いてしまった。


ーーーー私はまだ樹先輩の事が忘れられない。

忘れてない。
いまでもずっとずっと好きだって感情が消えてくれない。

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