星空電車、恋電車
巻き込まないでと私が口を開く前に樹先輩が
「千夏がどう言ったかじゃなくて俺が今はダメだって言ってる。そのくらいわかるだろう」
と珍しく強い口調で自分を掴む彼女の腕を払った。

「ええー、どうして、いっくんひどい。桜花のこと大事だって言ったじゃない。何でダメなの」

彼女は口を尖らせ涙目で樹先輩に不満を訴え始めた。
「いつだっていっくんは私が優先なんでしょ。なのにどうして今日はダメなの」

「桜花、どうしてそう思うんだよ。あれから何年たってると思ってる?いつでも全て桜花が優先されるわけじゃないだろ。どうしてそんなこともわからないんだ」

目の前で始まった痴話げんかに私の方が唖然とする。

彼女の我儘もすごいけど、樹先輩も私の腕をつかんだままこんな所でする話じゃないと思うのだけど・・・。

まるで三角関係。チラチラと周囲の視線が気になりだした頃、ホームに次の電車がすべり込んできて、降りてきた人の改札に向かう流れの邪魔にならないように身体をよじると、樹先輩の私の腕を持つ力が緩むのを感じた。

「いい加減にしてもらえます?」
私は樹先輩の腕を思い切り振り払い電車に向かって駆け出すと、車内に吸い込まれるように消えていく乗客たちの一番最後に乗り込んだ。

一呼吸もしないうちに電車のドアが閉まっていく。

動き出した電車の窓から苦虫を嚙み潰したような樹先輩の顔が少しだけ見えた。

私は二人から逃げた。

あのまま恋人たちの痴話げんかに付き合えと。
そんな必要ないはず。

ーーー本当に帰ってくるんじゃなかった。

逃げ出すために飛び乗った電車は叔父の家とは反対方向で。
でも、また乗り換えてあの駅に戻るとまた彼らに出会ってしまう可能性があると思うと戻る気も起こらない。

仕方なくその先にあるそのまま大きな駅まで移動してバスで遠回りしながら叔父の家まで帰った。
こんなはめになり心の底から腹が立つ。
どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

私は久しぶりの故郷で、幼なじみの結婚式に出席して、早咲きの桜が見たかっただけなのに。

イヤなことを思い出し、桜を見ることもできず、おまけに痴話げんかに巻き込まれて更に嫌な思いをして遠回りして帰らなきゃいけないなんて本当にいい迷惑だ。

樹先輩に対する恋心は心の奥深くに澱みのように残っていて自分の汚い心を見せられるような気持ちになり、嫌気がさしてたまらなくなる。
だから彼らにはもう二度と永遠にお会いしたくない。ここに来たのが間違いだった。

恋心もそのうち消えてなくなるだろう。

心からそう思った。




< 122 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop