星空電車、恋電車
「ほら、そっちの荷物も前かごに置いて」

先輩の荷物は自分の自転車の荷台に括り付けてある。樹先輩は私の手から私の荷物を受け取ると、自分の自転車の前かごに入れた。

「ありがとうございます」
私の言葉に樹先輩はいつもの穏やかな笑顔を見せてくれて、私たちは肩を並べて歩き出した。

樹先輩は自転車通学で私は駅まで徒歩の電車通学。
駅までの道のりが日々の私たちだけの時間。

陸上部の私たちにはほとんど休みがない。
付き合っているといっても休日にゆっくりデートなどしたことはないし、おまけに樹先輩は高3でスポーツ推薦入試が半ば決まっているとはいえ受験生だし。
だから、毎日の帰り道だけが私たちに許された時間だった。

自転車を押して歩く樹先輩の隣をゆっくりと歩くだけ。
自転車があるから手を繋ぐなんてこともできないし。

でも、私だけが学校帰りに樹先輩の隣を歩くことが許されているんだと思えばこれも我慢ができる。
私がいるから樹先輩は遠回りをしても駅まで自転車を押しながら一緒に歩いてくれるのだから。


「ちー」

樹先輩が樹先輩だけの呼び方で私に話しかける。
彼は二人きりになると私のことを”ちー”と呼ぶ。

「ちー。次の日曜の練習会場海浜公園グランドって聞いた?練習終わったら散歩して帰ろうか」
「ホントですかっ」

うそっ、信じられない。
心の中でガッツポーズ。

部内でも成績がいいため学校内で特別扱いされている陸上の短距離グループは、いつもなら練習会の後も専任トレーナーによる居残りマッサージがあって、他の競技とは解散時間が違う。
いつもならハードル競技の私は一緒に帰ることすらままならない。
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