星空電車、恋電車
「いいから出るよ。早く来い」
レジで会計を済ませた山下さんが戻ってきて恵美さんの二の腕をつかんで立ちあがらせている。

「痛っ。山下ったら強引」
ぶつぶつという恵美さんに返事もせず、
「場所変えようか」と山下さんは私に向かって言った。

「場所変えるってどこにですか?」
軽くだけど食事は済ませた。恵美さんもこの時間ならバイト中に賄い食を食べているはずだ。
それに、今までカフェにいて、またカフェに行くというのもアレだし。

「知り合いの店が近くにあるから移動しよう。ダイニングバーだけど未成年者でも安心して入れるから」

「ふーん、そこ美味しいの?」
「斎藤が好きそうな厚切りのステーキもグラム指定で出してもらえるよ。ひと口分から1キロまで。何食べてもハズレなし。ノンアルコールカクテルもある」
へえーっと恵美さんの頬が緩んでいる。
それを見た山下さんの表情も緩んだように見える。

この二人、もう既にうまくいっているのかもしれない。
私が山下さんと出会った頃はどこかぎくしゃくとしていたのに、今は二人並んでいても自然に見える。
私が心配する必要などなかったというわけか。

不意にバッグの中のスマホの振動に気が付き、取り出してサッと画面を確認した。

「あ、私パスしていいですか?やっぱり山下さんの言う通り、他人に話したら頭の中が整理できたみたいですし、今、ユキから非常召集かかっちゃって。何か困ったことがあるみたいなんでそっちに行ってきます。
山下さん、さっきの私の話を恵美さんに説明お願いします。それと、話を聞いてくれてありがとうございましたっ」

ええ?と恵美さんの驚いた顔に若干の申しわけなさを感じつつ、山下さんに心の中でエールを送る。事情は知らないけど、私の大事なお二人には後悔しないようにして欲しい。

「話したら頭の中がスッキリして目が覚めたみたいです。まだ前は向けませんけど。じゃ、また相談させてください」

ぴょこんと頭を下げて私はすぐ目の前にある駅に向かって走り出した。

ユキからメールがあったのは事実だけど、非常招集は全くの嘘。

山下さん、頑張ってーーー

私の心の中は噓ではなくちょっとすっきりしていた。
やっぱり誰かに聞いてもらうってすごい。山下さんは神様だ。
そんな山下さんの恋を全力で応援しようと思った。





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