星空電車、恋電車
黙って考えてる私に
「俺には言えないってこと?」
と樹先輩の静かな声がした。

「そういうわけじゃないです。ただ、どんな関係なのかと言われるとどう返事したらいいのかわからなかったんで・・・。年上の知り合い、先輩と後輩じゃない友人みたいなものです」

「--そう」
樹先輩はそっけなく言った。

何よ、そっちが聞いてきたんでしょ。急にどんな知り合いかなんて聞かれてもどうやって説明したらいいかわかんないし。
心の中でぶすっとした。

「ーーあれからどこにいたの?」

きた。
本当に本題だ。

「神戸です。父親の勤務先が神戸に変わることになって。それで家族で引っ越しました」

「でも、最初はご両親だけ行くことになってたって千夏の同級生に聞いた。どうして急に千夏まで一緒に行くことになったの?」

それ、知ってたんだ。驚きで目が丸くなる。

「はじめは両親だけ引っ越して高校卒業までは私だけ市内に住んでいた叔父の家にお世話になるつもりだったんです。でも、叔父夫婦に迷惑をかけてまで私があそこにひとり残る理由がなくなったので」

樹先輩の口が「え」と小さく開くのが見えた。

「理由って・・あそこには学校生活だって、部活も友達も俺だっていたのに?」

私はゆっくりと首を横に振った。
「理由はなくなったんです」
「だから、どうして」

どうして?どうしてってあなたが言う?
私を一人にして他の子に寄り添っていたあなたが言うの?

きりきりと胃袋のあたりが痛みだす。
涙をこらえて樹先輩の顔を見た。

「欲しかったものも希望も居場所も大事なものは全部無くしてしまったからですよ」

「それどういう意味」
樹先輩の顔が驚きと戸惑いに変わる。

「俺は千夏にとって大事じゃなかったってことーーー?」

私は樹先輩の瞳の奥をじっと見つめた。

「俺は何か千夏にした?」

私は首を縦にも横にも振ることができず、ただ横に傾げた。
ーーこの人は何もわかってない。

「私は…してもらえなかった側ですね」

「どういうことだよ。はっきり言ってくれないか」
樹先輩の顔が険しくなる。
この人は本当に何もわかっていない。

「あの頃、本当は私、いろいろ苦しかったんです。親の事も、足の故障のことも。でも、先輩には何も言えなかった」

あの頃を思い出して、空を見上げる。
同じようにあの頃毎日、痛む足を庇いながら登下校し、バス停から空を見上げていた。

「何で、なんで言ってくれなかった」

先輩のその言葉で我慢していた涙がこぼれそうになる。

「今、言ったじゃないですか。言えなかったって」
手の甲で滲んだ涙をぐいっと拭って、真っ直ぐ樹先輩を見つめた。
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