触れられないけど、いいですか?
「もっと早く言えば良かったんだろうけど、あまりに昔の話だから何だか気恥ずかしくて。
それに、俺は現在のさくらのことも勿論大好きだから、あんまり昔話をしようとも思わなくて」

「うん……」

「泣かないで。……ねえ、さくら」

「何?」

「泣いてる時は、抱き締められたら安心すると思うけど……嫌かな?」


そう尋ねてくる翔君は、ふざけている訳ではなくいたって真剣。

どこまでも私のことを心配してくれているのがよく分かる……。


男性に抱き締められたことなんて、私は勿論一度もない。

ないけど……


「……うん。安心、したい……」



抱き締めてほしい、なんて口が裂けても言えないけれど、翔君にならそうしてほしいと願った自分がいた。


彼の腕で、体温で、包まれたらきっと安心すると思った。



翔君の腕が、ゆっくりと私に伸びる。

そしてギュ……と、優しく、でも深く、私を正面から抱き締めた。
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