触れられないけど、いいですか?
しばらくすると、翔君の腕が私の身体から離れる。


「俺、凄いドキドキした」

翔君はそう言って、明るく朗らかに笑ってくれる。

絶対に私の方がドキドキした……って、今までの私なら心の中で言い返すかもしれないけれど、さっき聞いた彼の心臓の音は、間違いなく私にドキドキしてくれていた。

嬉しかった。

彼の気持ちを改めて実感したようで……抱き締められているのと同じ位、幸せな気持ちになった。



「そろそろ帰ろうか」

翔君にそう言われ、私も「うん」と頷く。
ゆっくりと立ち上がり、うす暗い公園の中を二人並んで出口へ向かって歩く。


「翔君、ありがとう」

呟くように口にしたその言葉は、彼の耳にもしっかり届いてくれていて。


「え、何が?」

だけど私が何を言いたいのかは分かっていないようで、彼は首を傾げる。



「その……急な呼び出しに来てくれたのもそうだけど、話を聞いてくれてありがとう。重くなっていた心が、スッと軽くなった感じ……」



優香さんに言われたことが、あれからずっと頭から離れずにいた。

男性恐怖症の私は、翔君にも日野川グループにもいつか必ず迷惑を掛ける……優香さんの言葉は確かに事実だった。
だからこそ、この結婚はするべきじゃないかもしれないと自分でも凄く悩み、辛かった。


でもーー


『泣いてる時は、抱き締められたら安心すると思う』


本当に……驚く程その通りだった。
彼の優しく温かな体温は、私はこれでもかという位に安心させた。


体温だけじゃない。彼の心臓の音も……。
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