触れられないけど、いいですか?
「俺は、お礼を言われることなんて何もしてないよ。呼び出されたのも凄く嬉しかったし、さくらを安心させるのは俺の役目。
寧ろ、俺の幼馴染みがさくらに嫌な思いさせて本当にごめん」

「でも……」

「けど、そうだな。じゃあ一つだけ、俺の希望叶えてくれる? もしどうしても嫌だったら、殴ってくれて構わないから」


殴るって……そんなこと絶対にする訳はないのだけれど、とりあえず「うん」と答える。


彼が何をしようとしているのか、全く分からない。


すると、彼の指先がそっと私に向かって伸びてきて、ちょんっと頬に触れる。


するとーー


「んっ……!」


突然、彼の唇が私の唇に押し当てられた。

彼とキスをするのは初めてじゃない。この唇の感触も知っている。


……でも、目を瞑る暇もなく唇を奪われたのは初めてだった。


唇が離れると、至近距離で私を見つめたまま、彼は言った。


「こういうキスは、やっぱり嫌だった?」


彼の表情は優しいけれど……どこか真剣味も感じられて。


私はふるふると首を横に振った。


「嫌じゃ、なかった」


心臓は今になって、さっき抱き締められた時以上に暴れているけれど。

それでも、今までのキスよりも少し強く押し付けられた唇の感覚は、きっと一生忘れたくないし、忘れない。



「もう一回、キスしてもいい?」

「……聞かないで」

「はは。うん、聞かずにキスしても大丈夫そうだしね」


それはあくまで、相手が翔君だからね? と言いたかったけれど、言う間もなく再び口付けを落とされる。先程と同じく、こちらは瞳を閉じるタイミング前だったけれど、唇の感触にドキドキしながらゆっくりと目を閉じる。


すると。


「……んっ、ん!」

未知の感覚が口内に走り、私は慌てて彼の身体を自分から離す。


「あ、ごめん。つい」

彼はそう言って、私の頭をポンポンと撫で、それ以上のことはしない。


……でも、びっくりした。一瞬だったけど、彼の舌が私の唇を割って入ってきたから……。



「こっちのキスは、もう少し慣れてからだね」



翔君にそう言われ、「も、もう!」とだけ返した。頭がこんがらがって、恥ずかし過ぎて、それしか返せなかったという表現の方が正しいかもしれない。


だけど……いつか。

彼から与えられる全ての感覚を、自分のものにしたい。

私らしからぬそんな情熱的なことを思わず考えながら、彼と一緒に帰路についた。
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