触れられないけど、いいですか?
そう言われてから気付く。
かなりの恥ずかしさはあるけれど、不快感などは一切ない……。

今まで、道ですれ違った男性と肩がぶつかるだけで気分が悪くなっていたのに。


「大、丈夫みたいです」

「そうですか。それなら良かった。
……さて、今日はそろそろ帰りましょうか。あまり遅くなると、さくらさんのご両親が心配します」

時刻的にはまだ二十一時前だけれど、確かに私の父はかなりの心配性な為、私がいつまでも帰ってこないと大騒ぎしかねない。


「はい、帰りましょう」

「……さくらさん」

急に改まって名前を呼ばれ、何だろうと思いながら彼を見つめると。


「今この瞬間からは、正式な婚約者として……改めてよろしくお願いします」


どこまでもスマートにそう告げる翔さんに、私の心臓が跳ねる。

どうして? 確かに彼は私の婚約者だけれど、これじゃあまるで、私が彼に恋してるみたいじゃない……。



『僕はさくらさんに本当に好きになってもらえる様に努力します』


昨日の彼の言葉を思い出す。

彼だって、昨日出会ったばかりの私に特別な感情なんて抱いてはいないだろう。


それでも、さっき頭上に感じた心地良い重みは、何故かとても安心した。こんな風にときめくのも……決して嫌じゃない。



将来、齢を重ねても手を繋いで一緒に散歩が出来る様な関係……


それも素敵だなと思い始めている自分がいた。
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