触れられないけど、いいですか?
「じゃあ、これからはさくらって呼ぶよ。さくらも、敬語はやめて普通に話してほしいな」

「……分、かった」

今まで敬語以外で会話する男性が父以外にいなかったから違和感はあるけれど……これから夫婦になるのだし、確かに敬語はやめてもいいだろう。


「名前も、〝翔〟って呼んでね」

「な、名前は〝翔さん〟って呼ぶ! 恋人じゃあるまいし!」

「え? でも婚約者だし」

「……もう帰るよっ!」

バッと立ち上がり、家の方へと歩いていく。大体、いつまでもこんなところでこんなことしてたら誰かに見られちゃう!


「さくら」

さっきまで何事もなかったかのように平然と私の左隣を歩く翔さんが、不意に私の名前を呼ぶ。
そして。


「手、繋いでもいい?」

「え?」

繋いでもいいかと聞かれると……


「駄目」

「どうしても嫌だ?」

「い、嫌っていうか……」

多分、嫌っていう訳じゃない。他の男性に触れられるのは嫌だけれど、翔さんとは、私だってちゃんと仲良くなりたいと思っている。恋愛感情の有無は置いておいても、これから夫婦になるのだから。

だけど、手を繋がれたらこの間みたいにまた振り払ってしまうかもしれない。ああいう時というのは、私の意思とはほとんど関係なく、全身が男性を拒絶してしまうのだ。

そうなってしまったら翔さんに申し訳ないから、最初から手を繋ごうなんて考えたくない。だけど……。


「俺に気を遣ってるなら、遠慮はいらないよ。振り払ってくれても、ひっかいても構わない」

勿論、さくら自身が嫌ならこれ以上無理強いはしないけど、と彼は言う。


私、自身……。


私自身は……って考えたら、不思議なことに、私の左手はゆっくりと彼の方へ伸びていった。


その手を、彼の右手がそっと包み込むように優しく握った。
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