君に癒されたい!君を癒したい!―君の過去何かどうでもいいんだ!
小一時間もするとテーブルにお節料理が並んだ。十分すぎるご馳走だ。

「お雑煮のお餅はいくつ召し上がりますか?」

「お腹が空いているから3つにしてください」

お雑煮を作ってくれた。テーブルに並ぶ。

「どうぞ召し上がって下さい」

「ありがとう、いただくよ、お節料理をご馳走になるとは思わなかった」

「材料を買ってきておいて良かったわ」

「二人でお正月のお節料理を食べるのはいいね、のんびりした気持ちになれる」

「ブレスレットありがとうございます」

「喜んでもらえればそれでいいんだ。僕の気持ちだから」

「だから、嬉しいんです」

「店でも着けます」

「そう言ってくれると嬉しいけど、客に聞かれるかもしれないよ」

「プレゼントだと言います」

「誰からと聞かれるよ」

「付き合っている人からのプレゼントだと言いますよ」

「君を目当てにしているお客が逃げるよ」

「今時そんなお客はいませんよ」

「僕はお客になっていないけど君を目当てにしている」

「だからプレゼントを受け取りました」

本当に凜がそう思っていてくれると嬉しいのだが、よく分からない。

「今日はゆっくりして行ってください」

「ゆっくりさせてもらっているけど」

「いいえ、今日は泊っていってもらえませんか。一人のお正月は寂しいので」

「君がそういうなら、喜んでそうさせてもらうけど、僕も家に帰っても一人だから」

「ありがとう。嬉しい」

食べ終わると凜はテーブルを片付け始めた。僕は洋室へ行ってベッドに寄りかかって凜が後片付けをするのを眺めている。すぐに片付けは終わって、今度は水割りを二杯作ってきて隣に座った。

「ここなら人目を気にしないで、いつまでもお話しができます」

「僕のことをいろいろ聞かなくてもいいのかい」

「いいの、今までのお付き合いで性格も分かっているし、改めて聞くことなんかないわ」

「僕の方からひとつ聞かせて、君はいくつなの?」

「そうね、言ったことなかったし、いままで聞かれなかったわね、32歳です」

「思っていたとおりだ」

「あの仕事に入ったのが20歳、父親の借金を払うため、どこかで聞いたような話でしょ」

「お父さんは今どうしているの?」

「折角借金を払い終えたのに、22歳の時に亡くなりました。奥さんと同じがんで、肝臓がんでした、きっとお酒の飲みすぎね」

「兄弟は?」

「一人娘で、父子家庭でした。母親は小学校2年生の時にどこかへ行ってしまいました。でも父親は私をそれは大切にしてくれました。あなたが娘さんにしたように」

「父親は娘が可愛いものなんだ」

「だから風俗で働く決心をしたの」

「お父さんはそれを知っていたのか?」

「もちろん黙って、借金取りから聞いたかもしれないけど、何も言わなかった。ただ、お酒の飲む量が急に多くなったから、知っていたのだと思います。死ぬ前にすまなかったといって泣いて謝っていました」

「お父さんはとても辛かったと思う」

僕がそう言うと凜が抱きついてきて泣いた。

「私が父の死を早めたんです」

「しかたなかたんだろう、そうするしか」

「はい、でももっと楽をさせてあげたかった」

「亡くなられたのは定めとでも考えるしかないと思う」

「定めですか?」

「宿命と言ってもいいのかもしれない。そう考えると、君も楽になれる」

「悲しいことだけど定めだと思って受け入れるしかない。悲しいことばかりでなく、またいいこともきっとある。それを受け入れて生きていくしかないんだ。僕もそうしている」

「父もあなたと同じようなことを言っていました。でもとっても寂しそうだったのを覚えています」

「私があなたに惹かれるのは何か父と同じようなものを持っているように感じるからかもしれません」

「それはファザコンだな」

「そうかもしれません。話を聞いてもらって気持ちが少し楽になりました。ありがとうございます」

凜が身体を預けてきた。細い身体を受け止める。凜を抱きたいと思った。その思いが伝わったのか、凜が身体を急に離した。

「シャワーを浴びてください」

促されてバスルームへ入る。すぐに凜が入ってきた。

「ごめんなさい、昔の癖が抜けないみたい、シャワーをしないと気が済まないんです」

「清潔好きはいいことだ。僕も洗ってあげる」

凜は身体を丁寧に洗ってくれた。それから僕も凜の身体を洗う。冬だからシャワーを十分に浴びる。それからベッドに移って、愛し合った。

凜は布団の中で僕にしがみついている。部屋の暖房を強めてあるので寒くはない。

「姫始めだね」

「そうですね、今年もよろしくと言えばいいんでしょか?」

「よろしく」

そのまま、二人はしばらく眠ったみたいだった。凜がベッドから出て行くので目が覚めた。時計を見ると5時を過ぎていた。

「夕食を作ります。お肉があるから焼きます。元気をつけてもらいます」

「ありがとう。元気が出そうだ」

「二人分だと作り甲斐があります」

「姫始めで君をご馳走になって、ステーキをご馳走になるなんて、今年の正月は最高だね」

「私もこんな楽しいお正月は久しぶりです」

凜が作ってくれた夕食を食べた。凜には家庭的な雰囲気があるし、家庭に憧れがあるように思えた。夫婦二人の正月はこんなものだろうかと思っていると後片付けしながら凜が聞いてくる。

「二人の生活ってこんな感じになるのかしら」

「僕も今、それを考えていた。どうなの?」

「心が落ち着いて穏やかになっています。後片付けも楽しいし」

「こうして、君が後片付けをしている後姿を見ているとなぜかほっとするね」

「これが普通の夫婦の生活っていうものかな」

「こんな感じですか、私は経験がないから分からないですけど」

「僕も昔のことだから忘れてしまった。終わったらそばに座ってくれないか」

「ええ」

洗い物を終えて、凜が隣に座った。互いに寄りかかってベッドにもたれかかって座っている。凜の手にはまだ水がついている。荒れていないきれいな手だ。その手にそっとキスをする。

「夕食をありがとう」

「どういたしまして」

「しばらくこうしていたい」

「お茶をいれます」

「ありがとう」

「これからどうします」

「君を抱いて眠りたい」

「私も抱かれて眠りたい」

二人はベッドに移り、また、愛し合う。そして抱き合ったまま深い眠りに落ちた。
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