音にのせて

第15話 気付いた想い

香里奈ちゃん達と別れを告げた私は、凌玖と一緒に迎えに来てくれた室井さんの車の中にいた。

(…色々あった3日間だったなぁ)

移り変わる景色をボーッと見つめながら、私はこの3日間の事を思い返していた。
香里奈ちゃんと友達になれた事。
真翔君と香里奈ちゃんが婚約者だと知った事。
香里奈ちゃんの好きな人が凌玖だという事。
そして、私の中で感じ始めた感情の事。
その事を考えると、再び胸の中が少しだけザワつき始める。

(そういえば、凌玖は香里奈ちゃんの事をどう想っているんだろう?)

高校を卒業するまでに自分の気持ちを整理する事が香里奈ちゃんの条件だと、真翔君が言っていた。だとすると、香里奈ちゃんは今年中に何らかの決断をしないといけない。
凌玖へ想いを告げるか、諦めるか。
私は横に座っている凌玖へチラリと視線を向けた。いつものように、凌玖は窓の外へと視線を向けている。

(もし、香里奈ちゃんが告白したら、凌玖はどうするのかな…)

そう考えながら凌玖を見つめていると、凌玖の視線が私へと向けられた。

「何だよ?」
「べ…別に…」

そんな凌玖の視線から逃げるように、私は再び窓の外へと顔を逸らした。

「言いたい事があるなら言えば良いだろ?」
「別に無いから…」
「ふ~ん…じゃあただ見惚れていただけって事か」
「なっ…!?見惚れてなんか…」

ニヒルな笑みを浮かべて私の反応を見ながら楽しんでいる凌玖への文句は、急に鳴り出した凌玖の携帯の着信音に止められた。

「…親父?」

携帯のディスプレイを見て怪訝そうに呟くと、凌玖は電話に出た。

「もしもし。…はい、今車で帰っているところです」

GW中だったとしても、勇一さんは今も仕事中のはず。仕事に対して厳しい勇一さんが仕事中に凌玖へ電話をしてくるのは珍しい。何か緊急を要する事なのかと気になりつつも、私は再び外の景色へと視線を向けた。

「…今夜ですか?…いや、俺は構いませんが…。え?奏も…ですか?」

しかし、急に自分の名前が出てきた事に驚き、私は凌玖へと視線を戻した。

「…はい、隣に…。え?…はい、分かりました」

凌玖が携帯を耳から離したので話が終わったのかと思いきや、その携帯を私の方へと差し出してきた。

「父さんが代われって」

どうして私に?という疑問を抱きつつも、私はとりあえず差し出された携帯を受け取った。

「…もしもし」
「あ、奏ちゃん。すまないね、急に代わってもらって」
「いえ…」
「実は、急で申し訳ないのだけれど、私の代わりに今夜パーティーに出席してほしいんだ」
「…え!?私がですか?」
「ああ。ウチと付き合いがある会社なんだが、そこの会長が誕生日でね。今年で88歳になるから米寿のお祝いも兼ねて誕生日祝いのパーティーが開催されるんだ。本当は私が出席する予定だったんだが、どうしても外せない仕事が入ってしまって…。悪いんだが、凌玖と一緒に出席してもらえないかな?」
「で、でも…どうして私も一緒なんですか…?」
「今後、奏ちゃんも西園寺家の娘としてパーティーへ出席するということが少なからずあると思う。その為にも少しずつで良いから慣れていってほしいんだ。今回のパーティーは堅苦しくないものだし、せっかくの機会だから挨拶がてら出席してほしいんだが…どうかな?」

勇一さんが言う事も分からなくもない。成り行きとはいえ、私も西園寺財閥社長の娘となったのだ。そういった社交的な場にも出席する機会は多くなってくるだろう。
それでも、私のような元々一般庶民だった人間がそんな華やかな場所に出向くのは、やはり抵抗がある。
どうしようかと悩んでいると、私が手にしていた携帯は横から伸びてきた手に取り上げられた。

「分かりました。俺と奏で出席します。…はい。では…」

取り上げた携帯に向かって放たれた凌玖の言葉に、私は驚いた。訂正の言葉を述べる間も無く、凌玖は勇一さんとの通話を終えてしまった。

「ちょっ…ちょっと!私まだ行くって言っていないのに…」
「うるせぇな。別に良いだろ」
「良くないよ…!だって、私なんか行ったって場違いだろうし…心の準備が…」

つい昨日も辻森家のパーティーへ参加はしたが、あの時は香里奈ちゃんや真翔君達もいた為、「友達と一緒に大きなパーティーへ参加した」程度の感覚だった。
しかし、今回のパーティーは違う。西園寺財閥として、周りの人達へ挨拶をしないといけない。
もし、「西園寺財閥に相応しくない」と思われてしまったらどうしよう。
それだけではなく、私が出席した事で西園寺財閥の名前に泥を塗ってしまうのではないだろうか。
そんなプレッシャーに心が押しつぶされそうになっていた。

「バカか、お前は」

思いもしない言葉に、私は下げていた目線を凌玖に向けた。

「何にビビってんのか知らねぇけどな、俺も一緒に行くんだ。何を怖がる必要がある?」
「で、でも…」
「お前は何も心配しないで、全部俺に任せていればいいんだよ。お前の事は俺がちゃんとフォローしてやる。分かったな?」

その自信に満ち溢れた根拠はどこから来るのだろうか。そんな疑問を頭に浮かべつつも、不敵な笑みを浮かべながら真っ直ぐ見つめてくる視線に、私は黙って頷いていた。





その後、車は自宅ではなく街中にある1つのお店へと向かった。
清潔感のある広い店内に綺麗に飾られているドレスの数々。ドレス以外にも、一緒に合わせるためのアクセサリーやバック等も置かれている。
そして、正に一般人が気軽に入れるような場所では無いと、雰囲気などで分かってしまう。

「いらっしゃいませ、西園寺様。お待ちしておりました」

私達が店内へ入ると、奥から支配人らしき男の人がやって来て、深々とお辞儀をした。

「こいつに合うドレスや小物類を買いたい。それから、ヘアメイクも頼みたいんだが」
「もちろん準備しております。ごゆっくりご覧ください」

その男性に案内されながら、凌玖はドレスを物色し始めた。
ここへ来る途中の車の中で凌玖はこのお店に電話をかけ、これから向かうから貸切にするようにと依頼をしていた。驚いて理由を聞くと、「時間も無いから貸切にした方が楽だから」とのこと。更にはヘアメイクの担当者も手配して、このお店で全ての準備が整うように手配をしていた。そんな発想に至る事にも驚いたが、それを実行させられる程の力があるという事を目の当たりにして、改めて西園寺財閥の凄さを思い知った。
そんな事を考えていると、私の傍に店員であろう1人の女の人がやって来た。

「それではお嬢様、こちらで試着を」
「え?試着って…」
「ドレスは今俺が選んだ。さっさと着替えて来い」

いつの間に選んだのか、いや、そもそも私の意見も聞かずに勝手に選んだのかと、言いたいことは色々あったが、うまく言葉が出てこなかった。
そうこうしているうちに、私は店員さんに連れられ、奥の試着室へと入った。



その後、私は着替えが完了すると、そのまま髪型のセットや、メイクをさせられた。
そして、準備が整った私は、凌玖の元へと戻った。
凌玖もこのお店から選んだであろうスーツに身を包んでいた。ワインレッドのネクタイを締め、黒のスーツを着こなしている姿はやはり同年代とは思えない大人っぽさを感じる。

私はというと、凌玖が選んだ薄ピンクのフレアーワンピースドレスに着替えた。肩はオフショルダーになっており、その上から白のボレロを羽織っている。髪は毛先を巻いてもらい、ハーフアップにしている状態。メイクもナチュラルメイク程度にファンデーションやグロス等をしてもらった。
私の姿を見るなり、凌玖は何も言わずに上から下まで品定めをしているかのようにジーッと見つめてきた。

「…どう、かな…」

その視線に耐えかねた私は、目の前で見ている凌玖におずおずと尋ねた。

「ああ、良いじゃねぇか」

そう言った凌玖の顔を見ると、彼は優しい笑顔を向けていた。

「まっ、俺様が選んだんだ。似合わねぇはずはないがな」

相変わらずの自信たっぷりなその言葉に、私は笑ってしまった。

「さて、じゃあ最後の仕上げだな。そのまま動くなよ」

凌玖はそう言って近付くと私の首元へ手を伸ばし、まるで抱きしめるかのように前から後ろへと腕を回した。

「なっ…!?」
「いいから動くな」

私は驚いて咄嗟に体を引こうとしたが、耳元で囁かれる凌玖の声に動くことができなくなってしまった。

「よし、完璧だな。ほら」

そう言うと、凌玖は近くにあった鏡を指差した。そこにはドレスアップした私が映っている。ただ、先程までと違って、私の首元にはキラキラと光り輝くネックレスが付けられていた。中心には大粒のティアードロップのダイヤが輝き、それを縁取るようにオーロラストーンが装飾されている。

「似合うじゃねぇか、奏」

鏡越しに優しく笑う凌玖と目が合い、恥ずかしさからか下に視線を向けながら「ありがとう」と小さく呟いた。

「じゃあこれ一式貰う。会計はこれで」

そう言って凌玖が店員に差し出した物は、黒いカード。初めて見たが、いわゆる「ブラックカード」と呼ばれる物だろう。
私も頭からすっかり抜けていたが、ここは一流のブランド店。そんな所で買い物をした上にお店を貸切にし、メイクさん等も手配していたのだから、一体いくらかかるののだろうか。庶民だった私には想像もつかない。
だが凌玖は平然としは表情のまま会計を済ますと、私に「行くぞ」と一言声をかけ、お店を出た。
もちろん私もその後を付いて行くしかないが、金額のことは怖くて聞き出すことはできなかった。





お店を出た私達は室井さんが運転する車に再び乗り込み、パーティー会場へと向かった。
パーティー会場は、大きな邸宅を貸し切って行われる。大きな門をくぐるとライトアップされている庭園と煌びやかな建物。まるで物語のような別世界に来たかのように感じる程、外観だけでも華やかさを感じる。
私が圧倒されていると、車は建物の前で止まった。ガードマンらしき人が車のドアを開け、深々と頭を下げている。私と凌玖も車から降りたが、正直私は立っているだけで精一杯だった。これからこのキラキラした場所に足を踏み入れるのかと思うと、ドキドキしてしまって足が震える。

「おい、何やってんだ?」

立ち尽くす私を不思議に思ってか、凌玖が声をかけてきた。

「お前、まだビビってんのかよ」
「だって…」

そんな凌玖に言葉を返す余裕すら、今の私には無かった。
この建物の中に入れば、私は西園寺財閥の娘、「西園寺奏」として振舞わなければいけない。
だからと言って、ただの一般庶民だった私にはどうしたら良いか、何が正解かも分からない。
そんな未知の世界に入ることが、とても怖く感じた。

「ったく…。仕方ねぇな」

凌玖は1つ息を吐くと、私の目の前に立った。

「お前は何も怖がることはねぇんだよ」

そう言った凌玖の顔はいつもと変わらず、自信に溢れた笑みを浮かべていた。

「お前は何も心配せず、ただ俺の側にいれば良いんだ」

そして、凌玖は私の右手を掴むと、軽く腰を折って恭しくお辞儀をした。

「だから、今夜はあなたのエスコートを私に任せていただけませんか?お嬢さん」

その仕草と言動はまるで芝居がかっているように思えるが、凌玖がするととても紳士的で、様になっている。

「…お、お願い…します…」

小さく返事を返した私に凌玖は「フッ」と小さく笑うと、「じゃあ、行くぞ」と私の手を引いた。
私はその力強くも優しく温かい手に引かれながら、鼓動が小さく跳ねているのを感じた。
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