俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
「だろうな。お前の人事資料に目を通したが、似たような報告しか上がっていない」


人事資料? 


私の心中を読んだかのように副社長がニヤリと口角を上げる。

「これから公私ともによろしく。傘の礼もしたいからな」

「は……?」

思わず背後に控えている笹野さんを見るが、彼は穏やかに頷くのみだった。


『もう少し色恋事に関心をもちなさいよ。今回の件だって考えようによってはシンデレラストーリーになるかもしれないじゃない。運命の恋、とか』


数日前に甘い幻想を夢見ていた親友の台詞を突き返したい。

どこにもシンデレラストーリーなど転がっていない、むしろ嫌な予感しかしない。


「あの、公私って……」

「プロポーズしただろ?」

しれっと言われてカッと頬に熱がこもる。

「お断わりしました!」

「俺は受け入れていない」


こんなプロポーズなんてある? 

からかうのもいい加減にしてほしい。 


段々と怒りが込み上げてくる。


「――仕事がありますので失礼します」

思った以上に尖った声が出た。

副社長という立場の人に対する態度ではないだろうが仕方ない。

もとはと言えば彼のせいなのだから。


返答を待たず踵を返し、後ろ手に扉を閉める。

本当は思い切り乱暴に閉めたいくらいだ。

早足で役員フロアを通り抜ける。

非常階段を駆け下りて、踊り場で息を整える。

ドキドキと鼓動が痛いくらいに大きな音を響かせる。

一定の怒りが通り越すと、足が震えだす。


結婚? 

冗談にしては酷すぎる。


これ以上関わりたくはない。

ほかの女性社員から不必要なやっかみも受けたくない。

私とは住む世界が違うのだから。


そう思うのに、至近距離から見た綺麗すぎる面差しとふわりと香った香りの記憶が焼きついて離れない。

激しくなる動悸を無理やり押さえつけるように、胸の上に手を置く。

あんな冗談を真に受けてはいけない、と自分に何度も言い聞かせながら。
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