イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活

「お疲れ様です、佐々木さん」

「お疲れ様です」
 

 互いに社内でかわすような挨拶をして、無言になった。佐々木さんとは一緒に仕事をしているわけだし、今更改まって自己紹介する必要も感じない。


 ようは、亀爺と現上司が私たちの仲を取り持とうと余計な世話をしただけなのだ。


 とてもじゃないが、場が持たない。私は元々話すのは苦手だし、佐々木さんもクールイケメンで知られている。会話が弾むわけがなかった。私たちは、仕事の仕方に関してはよく似ている。お互い無駄な会話を好まず、最低限のコミュニケーションのみで仕事を熟すのが常だった。


「今日は、お互い妙なことに駆り出されてしまいましたけれど。適当にお茶を濁して帰りましょう」


 当然、彼もそのつもりだと思ったから気を利かせたのだ。
 だが、思いもよらない言葉を聞いたのは、彼と向かい合わせになるソファに腰を下ろしたその時だった。


「俺は、園田さんさえ良ければ現実に考えてみてもいいと思っている。だからここに来た」


 そのセリフに、ぽかんと間抜けな表情で私は固まった。
 
 どういう意味なのか一瞬、わからなかった。
 この場合の『考えてもいい』とは、結婚、もしくは結婚を前提に付き合ってもいいという意味と思っていいはずだ。


 なのに彼は、そんなセリフを照れた様子も見せず、女性を口説くような甘い微笑みも見せず、昨日オフィスで「この資料明後日までに」と私に命じたときと同じ表情で言ったのだから、意味を測りかねても仕方ないと思う。

< 5 / 269 >

この作品をシェア

pagetop