菊池くん観察日誌

「目立つから?」

「目立つ人間は自然と視界に入ってくるものですから」

「白石さん、そんな目立つタイプだった?」

「どちらかというと、あなたの方が目立っている気がしますね」

「え?」

佐々木は目をぱちくりさせる。

「じゃあ、どうして?」

「……白石さんは、確かいつもあなたと一緒にいますね」

「え、うん。よく、知ってるね」

「目立つので」

「でも、私とは目合ったことないよね?」

「……それは、あなたが僕を見ていないからだと思いますが」

「見てっ……」

むきになったように声を張り上げ、佐々木はしゅん、と大人しくなる。

「見てるよ。……今」

「今の話じゃないです」

呆れたような菊池の声。
佐々木は困ったような顔でスカートの裾をいじる。

一瞬間を置き、菊池は再びシャーペンを動かす。
佐々木は覗き見をするように、菊池に視線を移した。

教室に響き渡るのは、シャーペンを走らせる音のみ。
菊池は日誌を見ていて、佐々木は菊池を見ている。

時々、吹奏楽部の演奏や運動部の声が扉の隙間を縫って入ってくる。

菊池の観察を続けていた佐々木は、思った。
それにしても、遅い。

ふと、立ち上がって日誌に目をやる。

「え?」

間抜けな声が口から出る。
日誌は先程までずっとシャーペンを走らせていたとは思えないくらい進んでいない。
帰るのが明日になってしまうのではないかと思うレベルだ。
驚いて顔を上げると、菊池は気まずそうに視線を逸らしていた。

「菊池くん」

「……なんですか」

「なんで日誌書いてないの?」

座り直した佐々木の質問に、菊池は眼鏡に手をやりながら返す。

「書くのが遅いんです」

「日付と日直の名前しか書いてないよ?」

返答に、菊池は落ち着かないように眼鏡のずれを直し、シャーペンをくるくる回す。
佐々木の視線はまだ菊池に向いている。
< 4 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop