Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
1.
パソコンの画面を睨みつけながら、キーボードを叩きつけていた。

夜だと言うのに気温は下がる気配がない。家の外はうだるような暑さだが、殆ど家から出ることない莉子には関係ない事だった。ただエアコンを切れば死にそうな室温になるので、早く秋が訪れないかとは思う。

パソコンの脇に置いてあったスマートフォンが震えて着信を知らせる、画面を見て更に眉間に皺が寄った、双子の姉・花村香子《はなむら・かこ》の名前に吐き気を感じる。

しかし出なければ繰り返し鳴るだけだ、莉子は着けていた大きなヘッドホンを外し、諦めて通話ボタンを押した。

「はい」
『どう? 順調?』

姉妹と言えども、遠慮のない不躾な会話だった。

「……そうでもない」

莉子は怒りを抑えた声で答えた。

『そう、今回は歌詞だけだからすぐ終わるかと思ったけど、仕方ないわね、あと一週間待ってもらうわね。来週にはレコーディングだから、それ以上は待てないわよ? 相手のある事だからちゃんとやってね』

波に乗っているアイドルグループへの楽曲提供だった、言われなくても判っている、それでも焦るほどメロディーも歌詞も出てこない。

『それと、今度デビューするバンドちゃんに楽曲提供することになって』

「ええ!? また!?」
『デビューシングルのカップリングにしたいんですって。なんたって、その名を轟かせるCacco(カコ)の弟分としてのデビューでしょー? 後ろ盾が欲しいみたいで』
「でも、香子のバンドのアルバム曲のも来月中でしょ! まだ半分も終わってないよ!?」
『あーそれは困ったわね、でもいいわよ、うちらのは少しくらいずれ込んでも。レコーディングは遅らせてもいいし。デビューの子達のを来月末まででお願いね、一曲だもん、なんとかなるでしょ?』
「そんな勝手な……!」
『頼んだわよー』

電話は莉子の言葉を聞かずに切れた。

莉子は大きなため息を遠慮なく吐いて、机に肘をついて頭を抱える。





莉子は、姉・香子のゴーストライターだ。

姉の肩書はシンガーソングライターと言うもので、アマチュア時代はきちんと作詞作曲を手掛けていたが、プロデビューしてからは歌う時はCaccoを名乗り、作詞作曲をする時はKK(ケーケー)を名乗るようになった。
実はそのKKとは莉子の事であることは、事務所の社長しか知らない。

莉子は本名の『花村莉子』として、姉が牽引するバンドに楽曲を提供することもあるが、アルバム収録曲でそれほど注目はされない。しかしKKはバンドの殆どの楽曲を手掛けているほか、他のアーティストへ提供されたものも、ヒットを連発していた。

一卵性で外見こそそっくりでも、中身は全く異なる双子の姉妹、香子と莉子。

天真爛漫で好奇心の旺盛な姉の香子。

対して引っ込み思案で人見知りな妹の莉子。

顔が似ているからこそ比較され、香子は益々活動的になる一方、莉子はどんどん内気になっていく。

学校へ行きたくない、と思い始めたのは小学校四年の頃だった。それでも活発な姉に連れられ登校したし、外遊びにも付いていった。

変化を期待したのは、中学に上がる時。

香子は制服が可愛い私立の中高一貫校への進学を希望した、両親もいいねとその話は進む。

莉子は受験するつもりはなかった、なのに。

双子はいつでも何処でも一緒に居るべきだとでも言うのか、母は二人分の受験を申し込んだ。

莉子は行きたくないと言った、だが受験料も払い済みだから受験くらいしたらと勧められる。
仕方なしに会場には行った、答案用紙も適当に書いて提出した、面接もだんまりだったのに。

何故か合格した、それについては誰に聞いても理由が判らない。

莉子は地元の中学でいいと固辞したが、せっかく受かったのだから行けと宥められて、結局香子と同じ学校へ行き始める。

やはり辛かった。
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