Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
環境が変わっても、莉子は香子の影のような存在で、『香子の妹』としてしか扱われない。
(居なくなりたい)
いつしかそこまで追い詰められ、中学二年の半ばから不登校になった。
それでも、両親と担任に支えられ、保健室登校ながら週の半分ほどは学校へ行き、なんとか高校も卒業できた。
だが。
香子は高校で軽音部に入っていた。
元々二人揃ってピアノは幼少期から習っていた。その腕前と美声から、数人の部員でバンドを組み学校の外でも演奏するようになっていた。
コピーもしたが、オリジナル曲も作った。
その曲作りで、ある日香子から無茶振りされる。
「これに歌詞付けて!」
楽譜を渡された。
「え、歌詞? 無理だよ……」
そんな経験はなかった。
「私これから練習あんのよ。来週にはその曲も練習したいから、よろしくね!」
完全に押し付けられた、自分も忙しいなどと言う言い訳はできなかった。
音符は読める、バラード調のその曲に、四苦八苦しながらも言葉を連ねた。
三日かけて作ると姉は大したお礼もなくそれを受け取り、自分の楽曲として発表する。
よりによって、それが好評だった。
いい歌詞だ、泣ける歌詞だった、心に響いた──それに気を良くした香子は、莉子が作ったとは言わずに、次々と莉子に曲作りを依頼した。莉子は嫌だと思いながらも、それを引き受けてしまう。
大学生になってまもなく、香子は才能を見出され、プロの歌手としてデビューする。
Cacco with bang(カコ・ウィズ・バン)と言うバンド名で、高校時代からの仲間二人と芸能界入りすると、その声とルックスの良さで人気に火が点き、あっという間にスターダムへ駆け上がる。
香子の忙しさは、そのまま莉子の忙しさに繋がる。
文句を言う間もなく曲作りをし続けた。初めのうちこそ莉子はタダ働きだったが、一年近く経った頃、香子からKKと名乗れと提案される。それによって印税や依頼料は莉子に入る事になったが、それは莉子が香子のゴーストライターであり続ける契約でもあった。
KKは香子のライターとしての呼称だと周囲に吹聴している。
莉子は表に出たくない、目立つことは苦手だった、だからそれでよかった。香子が前に出る事で金が稼げるのなら構わなかった。
だから文句はない、筈だった。
しかし、最近の香子のやり方は目に余る。楽曲作りを全て任せられるのは構わないが、自分のバンドだけでなく、プロデュース業まで始めたのだ。
一番最初は後輩バンドに自分達がかつて歌った曲をプレゼントしただけだった。
それがまた大ウケで、お金になるとでも思ったのだろう。カバーだけに飽き足らず、楽曲を提供し、プロデュースまで買って出るようになった、その才能はあったらしい、仕事の量は確実に増えている。
テレビからCacco本人の声と、プロデュースした歌手の歌声を聞かない日はない。毎月新譜も発売される。
「Caccoさん、忙しいですけど、体調管理はきちんとされてます?」
とある番組でMCのアナウンサーに聞かれて、香子は笑顔で答えていた。
「むしろ忙しい方が性に合うみたいで! 毎日が楽しいです!」
忙しいのは半分だろう、と莉子はテレビに映る香子に毒気づく。確かにプロデュース業と自身の歌手業もあれば忙しいだろうが、それでも香子自身が曲も作っていたら、こうは働けないだろう。
勝手に仕事を取ってきて、あとはよろしくと押し付けていく。
多すぎる、と文句を言ったが、
「あなたは作っていればいい、後は私が働くから」
それは間違いない、家から一歩も出ずにお金を稼げている現状は捨て難い。
文句は山ほどあっても、今は居心地だけはいい。
人との接し方を忘れた莉子に、表でにこにこと働いてくれる香子は有り難い存在なのは確かだ。
だから。
諦めて働く、求められている音楽を作り続ける。
溜息をひとつ吐いて、ヘッドホンを着けようと持ち上げた時、玄関の鍵をがちゃがちゃといじる音がした。
「ん? 香子?」
(居なくなりたい)
いつしかそこまで追い詰められ、中学二年の半ばから不登校になった。
それでも、両親と担任に支えられ、保健室登校ながら週の半分ほどは学校へ行き、なんとか高校も卒業できた。
だが。
香子は高校で軽音部に入っていた。
元々二人揃ってピアノは幼少期から習っていた。その腕前と美声から、数人の部員でバンドを組み学校の外でも演奏するようになっていた。
コピーもしたが、オリジナル曲も作った。
その曲作りで、ある日香子から無茶振りされる。
「これに歌詞付けて!」
楽譜を渡された。
「え、歌詞? 無理だよ……」
そんな経験はなかった。
「私これから練習あんのよ。来週にはその曲も練習したいから、よろしくね!」
完全に押し付けられた、自分も忙しいなどと言う言い訳はできなかった。
音符は読める、バラード調のその曲に、四苦八苦しながらも言葉を連ねた。
三日かけて作ると姉は大したお礼もなくそれを受け取り、自分の楽曲として発表する。
よりによって、それが好評だった。
いい歌詞だ、泣ける歌詞だった、心に響いた──それに気を良くした香子は、莉子が作ったとは言わずに、次々と莉子に曲作りを依頼した。莉子は嫌だと思いながらも、それを引き受けてしまう。
大学生になってまもなく、香子は才能を見出され、プロの歌手としてデビューする。
Cacco with bang(カコ・ウィズ・バン)と言うバンド名で、高校時代からの仲間二人と芸能界入りすると、その声とルックスの良さで人気に火が点き、あっという間にスターダムへ駆け上がる。
香子の忙しさは、そのまま莉子の忙しさに繋がる。
文句を言う間もなく曲作りをし続けた。初めのうちこそ莉子はタダ働きだったが、一年近く経った頃、香子からKKと名乗れと提案される。それによって印税や依頼料は莉子に入る事になったが、それは莉子が香子のゴーストライターであり続ける契約でもあった。
KKは香子のライターとしての呼称だと周囲に吹聴している。
莉子は表に出たくない、目立つことは苦手だった、だからそれでよかった。香子が前に出る事で金が稼げるのなら構わなかった。
だから文句はない、筈だった。
しかし、最近の香子のやり方は目に余る。楽曲作りを全て任せられるのは構わないが、自分のバンドだけでなく、プロデュース業まで始めたのだ。
一番最初は後輩バンドに自分達がかつて歌った曲をプレゼントしただけだった。
それがまた大ウケで、お金になるとでも思ったのだろう。カバーだけに飽き足らず、楽曲を提供し、プロデュースまで買って出るようになった、その才能はあったらしい、仕事の量は確実に増えている。
テレビからCacco本人の声と、プロデュースした歌手の歌声を聞かない日はない。毎月新譜も発売される。
「Caccoさん、忙しいですけど、体調管理はきちんとされてます?」
とある番組でMCのアナウンサーに聞かれて、香子は笑顔で答えていた。
「むしろ忙しい方が性に合うみたいで! 毎日が楽しいです!」
忙しいのは半分だろう、と莉子はテレビに映る香子に毒気づく。確かにプロデュース業と自身の歌手業もあれば忙しいだろうが、それでも香子自身が曲も作っていたら、こうは働けないだろう。
勝手に仕事を取ってきて、あとはよろしくと押し付けていく。
多すぎる、と文句を言ったが、
「あなたは作っていればいい、後は私が働くから」
それは間違いない、家から一歩も出ずにお金を稼げている現状は捨て難い。
文句は山ほどあっても、今は居心地だけはいい。
人との接し方を忘れた莉子に、表でにこにこと働いてくれる香子は有り難い存在なのは確かだ。
だから。
諦めて働く、求められている音楽を作り続ける。
溜息をひとつ吐いて、ヘッドホンを着けようと持ち上げた時、玄関の鍵をがちゃがちゃといじる音がした。
「ん? 香子?」