Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「よかった」

眩しい笑顔に莉子は俯く。
黙々と食事を進めた。サラダを食べ、チキンソテーを切り分ける。サフランライスも美味しかった。

「嬉しいな」

莉子の食べる様子を見ていた藤堂が呟いた。

「はい?」
「とても美味しそうに食べてくれる。食べ方も綺麗だから感心してた」

言われて莉子は真っ赤になって、フォークを咥えてしまう。

「思えば花村さんの食事する姿は、初めて見ました。なんか凄く嬉しい」

そう言われては、もう目の前で食べることなどできない。

「よかった」

藤堂は嬉しそうに言う。

「え……なにがですか……?」
「もっと食べる事に関心がないのかと思った。でもそういう訳ではなさそうだね」

きちんと綺麗に食べている、そんな事に食に対する気持ちも見え隠れしていた。

「え……はい……多分、自分一人で食べるなら、特に必要を感じていないと言うか、なんでもいいやと思っていると言うか……」
「ご家族はどちらに?」

マンションは2LDKや3LDKである、家族で住んでいるところも多いだろう。でも莉子が一人で住んでいる事は部屋の様子からも判った。

「あ、県内、なんですけど。姉の仕事の関係で私も一緒に東京に出て」
「お姉さんとは別に住んで?」

「え、ええ……最初は一緒に住んでいたんですけど……なんか、姉といると疲れて……私だけ横浜に……」

単に、仕事を監視されているようで嫌だから、なのだが。

「恋人もいないんだ?」
「──そんな個人的な質問に、答える必要がありますか?」
「ああ、ごめん、つい」

藤堂は本当に反省した様子で肩を竦め、椅子を浅く座り直して背もたれに背中を預けた。

天井を見上げている、藤堂の視界から逃れた莉子は、再び食事を口に運んだ。

ジューシーな鶏肉が口の中でほぐれると、香ばしい香りと共にハーブの香りが口内を満たした。ゆっくり噛んで味わうが、次から次へと口に放り込みたくなる。
しかし元より食べる事が大好き、と言うたちではない、ゆっくりゆっくり咀嚼して喉の奥へ送り込む。

「……おいし」

思わず呟いていた。

「ありがと」

藤堂の声に、自分の心の声が漏れていたことに気付いた、顔が火照りだす。

「明日も来る?」
「え……あの……」
「太陽に当たって少しでも歩いて。それだけでも生き返った気がするでしょ? これを少し続けましょう」
「あの、別に、私、いいんですけど……」

閉じこもりのひきこもりのもやしっ子で、十分なのだと言いたいが。

「ご飯が美味しいのは判りました、少し自分でも作る努力をしますし」

実践するかどうかの自信は皆無だが。
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