Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~

子供の頃からだ。幼稚園でも小学校でも、高校でも。同じ顔の二人を、男子は比べた。十人いれば八人が莉子がいいと言うのを知っている。物静かで女らしさが際立つ莉子に軍配が上がるのだ。残りの二人はあんまり大人しいタイプはな、と言う連中だ。 そして双子が目立つからか、莉子に思いを寄せる男子は意外にも多かった。更に言えばその中の一人を莉子も気にしていると、言われなくても判った。 双子の妙なのか、莉子が気になる相手は、自分も気になった。 意地悪のつもりはなかった。それでも天性の明るさからだろう、自ら声を掛け仲良くなった、中学、高校ならば交際にまで発展することもあった。 莉子は何も言わない、それでも態度や視線から傷ついているのは判った。 自分が悪いとは思わなかった、自ら動かない莉子が悪いと思っていた。そして男とはギブ&テイクなのだと。莉子は高嶺の花で近寄り難いから代わりに香子でいいや、と言う気持ちも垣間見えなくもなかったから。

「莉子なら男慣れしてないから最初こそ大変だろうけど、一度落とせば後は虜になるんじゃないの? 橘プロの金の卵にするべく今から懐柔しておいたら、この先何億と産みだしてくれるんじゃない?」
「おいおい、本気で妹を売る気かよ?」
「あら、社長にも悪い話じゃないでしょ? 自分の息子と大して年の違わない双子の美人姉妹を手玉に取れるのよ?」

橘は溜息を吐いて肩を竦めた。

正直、枕営業が全くないとは言わない、歌手でも俳優でも、それらを使いたい制作会社でも「社長、ちょっと」となる事はある。それで本当に手を出す事は稀だが。 それでも香子のようにここまで割り切った女は、珍しい。大方は止むに止まれず、必死になって、である。だが、香子は自分が売り物になると判っているのだ。

「私の体、悪くないでしょ?」
「──ああ」

そこに居るだけでも目を引く美女だ、スタイルもいい。その上今や音楽業界を牽引する存在となったバンドのボーカリストである。この世界の中心にいるかのような女が、目を掛けろと言う契約の為とは言え体の関係があることが、多少なりとも中年の男には自慢だ。

「莉子もいいわよ?」
「──いやあ……それはさすがに、良心が咎めそうだぜ」

香子の言う通りだ、どうみても莉子は男どころか人にすら慣れていない。 同じような環境で、同じような人生を歩んできたはずなのに、何故ここまで違うのか。そんな女性にどんな口説き文句で関係を結び、歌を作り続けろと言えるのか、そもそも莉子は曲作りが大好き、と言うタイプではない事も看破している。

「面倒はごめんだな。だったら香子みたいなあけすけな方が、断然俺の好み」

言って橘は背後から、ソファーの背もたれごと香子を抱き締めた。香子も誘うように顔を上げ橘の首筋に唇を押し当てる。すぐさま橘の手が、バスローブの合わせの間から侵入し、柔らかく丸みのある優しく揉み始める。 香子の口から、深い呼吸が漏れた。 橘は乱暴にローブを捲り、香子の胸を露わにした、思わず小さな声で「へえ」と漏らす。

白い乳房に、赤いシミが付いていた。

「──随分真新しいキスマークだな。犯人は誰だ?」
「……さあ……誰でしょう……」

二人に恋愛感情はない、橘にしても香子が誰と寝ようと嫉妬も何も湧かないのだが。

「……全く……」

心配にはなる、香子は天性の歌手だ、歌う事に全てを賭けている。そのためには手段を選ばない感は拭えない。既に実績は積んだのにそれでもまだ上を目指している為、無茶な事もする。それによっていつか身を滅ぼすのではと言う危惧がある。

「……お父さん、心配しちゃうよ?」

はっきり言えば香子は反発する、だから遠回しになってしまう。

「彼、エッチ上手なの。お父さんよりね」

橘は「はあ……」と大きく溜息を吐いて項垂れた、こちらの心配など香子は関知していない、本当に父のような気分になって、なかなか複雑だ。

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