野獣は時に優しく牙を剥く

「パン……ですか?」

 パンを……。それは私!?

 思い出したような谷は楽しそうに言う。

「あぁ。可笑しかったよ。」

「美味しかったのではなく?」

「パンのチョイスが、ね。」

 谷にパンをあげたことも覚えいないのに、パンの種類を思い出せるわけもない。

「パンダの可愛らしい形だった。
 大人の男に渡す時は少し考えるべきだと思うよ。」

 高校の時に買ったことがあるかもしれない。
 それを誰かにあげたかどうかは思い出せないけれど。

「パンダのパンだ。って思わず呟いた時は一人で赤面してしまってね。
 久しぶり腹を抱えて笑ったよ。
 そしたら悩んでいたことが馬鹿らしくなった。」

 過去のことを言われても覚えていないし、覚えていないのに「ごめんなさい」と謝るのは不誠実だと思った。

 覚えていない澪を気にする様子もなく話は進んでいく。

「高校生の澪は友達と笑いあって食べているわけではなく、一人ひっそり食べているのに悲壮感はなかった。
 俺の見掛けだけに騒ぎ立てる子達とは違っていた。
 それで、身を隠すついでに世間話程度に話しかけたんだ。
 お昼まで勉強?って。」

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