うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

 レストランについてからも、剣淵の様子は変わらなかった。
 むすっと黙りこんで佳乃の方をちらりとも見ない。八雲がくることを考えて横並びに座ったのだが、隣に座っていても会話がないのならば意味がない。

 佳乃も、どのように会話を切り出せばいいのかわからず、うつむくしかなかった。飲み物が届いても二人の間に漂う険悪な空気は変わらない。

 そうして気まずい時間が過ぎ、ようやく八雲がきたのは待ち合わせ時間を少し過ぎた頃だった。

「やあ、おまたせ。遅くなって申し訳ない」

 八雲は着くなり、剣淵と佳乃の顔を交互に見やる。

「……おや? こないだ会った時と様子が違うような」
「んなこたいいから、さっさと用件を話せよ。クソ兄貴」
「僕の知らない間に奏斗は随分と口が悪くなったね――まあ、そうか。11年も会っていなかったから」

 そう言って苦笑し、八雲は座る。今日は蘭香や菜乃花が来る予定はないので、長椅子の中央に腰をおろした。

「11年もあれば色々変わるね。やんちゃなところはあまり変わってなさそうだけど――きっと、母さんもいまの奏斗を見たかったことだろう」
「よく言うぜ。俺と姉貴を置いて出て行ったくせに」
「うん……奏斗から見ればそうかもしれない。だからその話をしたかったんだ」

 佳乃はちらりと剣淵の様子を伺った。表情は不機嫌丸出しでそっぽを向いているが、ちゃんと話は聞いているのだろう。

「兄弟の中で頭もよく運動もできた子が僕だったから、だから母さんに選ばれたんだと思っているのなら――それは間違いだよ」

 ぴくり、と剣淵の眉が動く。

「母さんは奏斗や姉さんのことも連れていくつもりだった。いま連れていけなかったとしても、おばあちゃんの家に預けて、後で迎えにくるつもりだったんだ」
「……おう」
「そのことをずっと後悔していた。奏斗たちに会いたいっていつも言っていたよ」
「なら連絡すりゃよかっただろ。一度も連絡をよこさず、何が母親だ」
「それができるなら、そうしていたと思う――奏斗、僕たちの母さんは、」

 その先の言葉に想像がついたのか、剣淵の瞳が見開かれた。

「亡くなった」
「マジ……かよ」
「もう何年も前だ。母さんが再婚して『八雲』になって、それからまもなく、おばあちゃんと同じように脳卒中で倒れて、そのまま帰ってこなかった」

 それを聞いた剣淵は、額に手を当て、うつむいたまま呟く。

「……連絡、は、」
「僕が何度も連絡をしたけど奏斗が着信拒否をしていただろう? 姉さんから話そうとしたけれど奏斗が聞く耳を持たなかった」
「そう、だったな……」

 どれだけ恨んでいたとしてもやはり剣淵にとっては『母親』なのだろう。その死にショックを受け、顔は青ざめていた。

「僕が蘭香さんと結婚してこの町を出て行く前に、どうしても伝えたかったんだ。だからこの前は騙す形で呼び出してすまなかった」
「……ああ」
「来週、母さんの墓参りに行こうと思うんだ。もしよければ奏斗も来るかい?」

 まだ動揺しているようだったが、剣淵はしっかりと頷いていた。


 八雲にとってこの話が一番の目的だったのだろう。終えたところで肩の荷がおりたのか、表情が柔らかなものになる。そしてここまで黙っていた佳乃の方へと目を向けた。

「それで、佳乃さんにも話があるんだ」
「は、はい」
「この間はバタバタしていて挨拶できなかったけど、久しぶりだね佳乃さん。随分と大きくなった」

 すっと目が細くなり、佳乃に向けてふわりと微笑む。懐かしいものを見るかのような視線だが、心当たりはなく佳乃は首を傾げた。

「あの、どこかで会いました?」
「会っているよ。すっかり大人になっていたから僕も忘れていたけれど、11年ぶりだね」
「……11年、って」

 思い当たるのは、夏の記憶。11年前のあけぼの町での出来事だ。でもそこで出会っているのは伊達のはず。なぜ八雲が、佳乃のことを知っているのか。

「君は僕たちのおばあちゃんの家に預けられていた――ああ、そうか。おばあちゃんの苗字を言えば思い出してくれるのかな」

 あれは伊達だったはず、伊達だと思うのに。佳乃の記憶に刻まれた11年前の夏が揺らいでいく。
 考えようとすれば針が刺さったかのように頭が痛み、手が震える。思いだしてはいけない気がするのに、しかし八雲は続ける。

「母さんの旧姓で『鷹栖《たかす》』。『鷹栖ばあちゃん』と言ったら思い出してくれるかな」

 増していく痛みに顔を歪め、そして思い出す。

 11年前、あけぼの町に向かう佳乃に対して両親が『夏休みの間、鷹栖さんの家に行くのよ』と言っていた。
 それだけではない、夏の終わり、おばあちゃんの葬儀の時にも白地に黒い字で『鷹栖家』と書いてあったのだ。


 一つ思いだせばずるずると、枷が外れたように11年前の記憶が巻き戻っていく。

 鷹栖家で出会った三人の兄弟。特に末っ子の弟とは年が同じなこともあり仲が良く、毎日遊んでいたのだ。
 ご飯のたびに居間に集まり、ばあちゃんが作ったご飯を食べる。そこには末っ子だけではなく、長女や長男――八雲もいたのだ。

「……そう、でした。私、八雲さんに会っています」

 次々と蘇る記憶に放心状態となりながら、ぽつりと呟く。
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