サイドキック






「――――くっ、」


それでもやはり、飛び降りるなんてバカのすることだ。

当然のごとく両脚に襲いかかる負荷に目を閉じて耐えると、近くに居るであろう男に視線を伸ばそうと顔を持ち上げる。






予想した通り、少ししか距離を隔てていない場所に佇む男を視界が捉える。

デパートで見かけてから初めて、その顔をまじまじと見つめられるくらいの距離。

尚も膝を抱えて腰を折っているその男は私を見下ろすと、ひとつ笑みを零す。


―――……そのカオを見た瞬間、何故か言いようもないほどの不安が胸を巣食った。





なんて言えばいいのか分からない。

でも感じるのは、違和感。

もやもやと私の脳裏を覆っていくように、煙のようなソレが胸中で充満していく。







言葉もない時間を経由していく。

目を見開いてそいつ―――ヒロヤだと思い込んでいた男を見上げる私と、そんな此方を馬鹿にしたように口角上げて見下ろすそいつ。

顔のパーツ全ては一寸のブレもないほどに一致している。

しかしながらこいつの纏う雰囲気や狂気に染められたような微笑が、私の知っている"ヒロヤ"とことごとく合致しない。




尚もパンプスを握る手のひらに汗が滲む。

そんな、不安に揺れる心情を死んでも表に出さないように。パンプスのカタチが変わってしまうほど、強く強く握り締めた。




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