サイドキック





にやにやと破顔させて視線を寄越すヒロヤを死んだ魚のような眼で見据えた。

そんな状態の私たちを見てどう勘違いしたのか、「あらやだ!お邪魔虫は退散するわね。香弥ちゃん、片づけオーケーよ」と残したお姉さんは病室を後にする。


現在時刻は13時30分。14時までにここを出れば良いから、あと30分も無駄な時間が残されてしまった。




「確か、2時に出ればいいんだよな」

「(ギクゥッ)」




知ってたのか。なんて目聡い奴だろう。

じりじりと距離を詰めてくる男から脱走をはかるべく、じわりじわりと足を後退させる私だったけれど。



「ハイ残念」





後ろのベッドの存在が頭から抜け落ちていたらしく、それに足を取られてしまって。

バランスを崩した私の腕を勢いよくヒロヤが掴み上げる。一気に隔たれていた筈の空間は詰められ、至近距離から覗く妖艶に崩された表情。




「―――………ッ」






以前こんな空気になったのは、いつだったろう。

暫くは親父さんのところで手伝いをしていたらしいヒロヤは、少なからずベッドで横になる私なんかよりずっと多忙で。



だから分かる。久しぶりに感じる空気の変わり具合が、私の心臓の鼓動スピードを早鐘のそれへと塗り替えていく。







< 312 / 362 >

この作品をシェア

pagetop