諸々ファンタジー5作品

視たのは悪夢だけど!

現実が悪夢に染まる・・





目覚めて、目に入ったのは自分の部屋の天井。多分、光莉が送ってくれたのかな。
それにしても、なかなか夢を見ない程、現実での変化に体が対応できなかったのだろうか。

怠い体を起こして、部屋の中を見渡すけれど一翔の姿はなかった。
奪還した“彼”の萌し。

『君が“僕”に惹かれたのは当然』

私の淡い恋心だったけれど。……だった、か。自分の中でも過去の物。
“彼”自身が認めたように、私は惹かれる時期を過ぎている。

これから未来、その惹かれた事実に言及して私に悪感情を抱かせ、何になるのかな。
それは途切れてしまった続く言葉が示すのだろうけど。

ベッドから立ち上がり、窓際に近づいて外の様子を確認すると、あの日と同じ朝日。
未来を変えることは可能。でも、私は“彼”に会わなければいけない。

担う役目は知り得た未来の不吉を伝える事。
でも、もう失った萌しは戻らない。それに、萌しで視たのは私にとっての悪夢。

待ち受けている事柄は、“彼”にとって災いではないのかもしれない。

『あいつには近づくな……俺と係わりたくなどないだろう?』

何故だろうか。分からない事ばかりなのに、不安や戸惑いよりも、立ち止まらずに前進することを望んでいる自分がいる。

そっと唇に指を当てて、ゆっくりと撫でながら目を閉じた。
夢では感覚がなかったはずなのに。指の接触に既視感があるなんて。

私は一体……。

感じた熱を思い出すと顔が火照って、胸が痛くて息苦しい。
喉に詰まったような息を吐き出し、その風が指に触れ、現状を概観するような自分の冷めた姿が頭を過る。

現実に引き戻されて私は目を開けた。

私は何をしていたのだろう。
ため息が出て、思わず苦笑する。


「ははっ。私にとって、一翔への行為(キス)は悪夢じゃなかったのかしら。それとも、ただ私の記憶から奪わなかった?」


朝の光が差し込み、私は伸びをした。
気合を入れて、萌しで見た未来に対峙しないと……悪夢は現実に望むのだから。

そうね、こんな思いをするなんて考えもしなかった。ただ、自分の役目を果たす事だけで一杯いっぱい。
先の事など分からない。未来に臨む不吉を知り、湧き上がる感情は恐れと不安。

『先を視るお前が怖い』

その言葉が、恨みを身に受けて背負った悲しみより深くて切ない。
それなのに甘いなんて。

涙もろくなるのは何故かしら。
消えてしまった萌しを、私は奪われたとは言え視ている。

その記憶が呼び起こすのかもしれない。
この淡さとは違う、脆さが微塵もないような感情を。燻る様な熱を伴い、急き立てるように私を煽っている。



身支度を済ませ、私は学校に向かった。

初めて“彼”を見つけた場所に足を向け、隈なく探して駆け巡る。
見当たらない。私はクラスも名前も知らず、『惹かれたのは』…………


「くすくすくす……そう、君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。だって、それは“僕”が君の理想の塊だから。」


確認したはずの背後から声が聞こえた。

突き落されるような感覚。
自覚したくなかった事に対する情けなさと、自分の浅はかさを暴露された事への動揺。

生じる震えは、怒りでも恐怖でもない感情が引き起こす。
悪夢。夢であったなら、どれだけ良かっただろうか。

私は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
視線は目を見開いたまま地面を見つめて、涙で霞む。

“彼”は背後から回り込んで、私の前にしゃがんだ。
その存在に気圧されたのか、身動きが取れないような重みが増し加わり、硬直していく。


「ふふ。鳥生 告美(とりゅう つぐみ)さん。鵺(ぬえ)なんだ。……へぇ。綺麗だね、君。もっと見せて。」


あなたの目は何を視ているの?

不自由さに抗い、徐々に顔を上げていく。
…………言葉を失った。

そこに居たのは。


「どう?君の理想は変わってしまったかな。それとも僕の本性を見ている?」


私の理想とは異なるけれど、整った顔の男子生徒。
切れ長の目は、穏やかに私を見つめる。

「僕は姫鏡 暎磨(ひめあき はゆま)。……くくくっ。オレが視ている君は儚い鳥……思わず壊してしまいそうだ。」


彼は片膝を地面に付け、両手で私の頬を包み、指で撫でるようにして涙を拭った。
その優しい触れ方や視線にも係わらず、自分の理解できなかった感情は恐怖に染まって震えが治まらない。


「可愛い。もっと見せて。もっと、壊れた所が見たいんだ。どうすればいいか、オレは知っているよ。ふふ……くすくすくす…………」


彼の笑顔に生じたのは嫌悪感。触れられている部分が拒否反応を示すように痺れる。


「……ゃ……ぃ……嫌……」


私に触らないで。今すぐ手を離して。ここから逃げたい。
それなのに体が思う様に動かなくて、怖い……誰か……助けて。

目をぎゅっと閉じ、背に走る寒気に震えが増していく。


「まずは、その翼を広げてみようか。」


え?
声と同時で急激な痛みが生じて、思わず蹲る。


「……っ……あ、……ぅ……」


広がる翼が、引き抜かれるほどの強い力で更に拡張していくような感覚。
現実で変化をしたのも一度だけ。けれど、その事がなければ私は……


「綺麗だね、君は本当に……。ねぇ、聞こえているんだろう?告美。君は何故、オレに理想を重ねたの。」


理想を重ねた?
痛みが和らぎ、荒くなった息を整えながら、耳に入った言葉を理解しようとする。

微かな視界には、目前の地面に滴った自分の汗。
今も額を流れ続け、全身に滲む水分が熱を奪っていく。思考が働かない。


「俺は鏡のアヤカシ。俺に映したのは、君の理想の姿だよね。」


私の理想、望む姿……止めて、言わないで。


「何を見たのか忘れてしまった?教えてあげようか、それとも成ってあげるか。」


止めて、違う。私の理想だなんて、少しも……


「心配しなくても良い。大丈夫、君の心を全て知る事が出来るから。心変わりなどと、オレは思わないよ。」


心変わり……私の理想は変わってしまった?
止めて、見ないで、まだ私の心は…………


「違う、あなたは何も分かっていない。」


現実(いま)、一翔が悪夢だと奪った私の未来の萌しに直面して、分かっていないのは自分だったと痛感する。

吉凶を夢で視、それを告げられた者達は運命を受け入れるのか、それとも抗うのか。
鵺の役目を新たに意識し、不吉を告げられた者達が何を感じてきたのかも理解した。


「告美!」


現実が悪夢に染まる・・





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