諸々ファンタジー5作品
それぞれの思惑は・・





囮作戦をするにしても、今日は屈狸くんが使い物にならないから無理だろうな。


「可愛いこと言うけん、思わず噛んでもたわ。私は悪ぅない。」


光莉は開き直ったような態度で、自分にベッタリの屈狸くんの頭を撫でながら、額や目元に口づける。


「私、帰ってもいいかしら。」


落ち着かない様子を隠さずに。猫塚先生も大鷹くんと会いたいのかもしれない。
私だって。一翔の私に会う目的が、私とは違っていたとしても。

信じようと思ったから。
私に見せた二面性。嘘はないと思う。どちらも本当なら。


「ヒカギリ。あなたは、どんな先を視ているの?」

「あんたの目的は役目を果たすことやろ。白狐を裁く立場のあんたと、奴から告美を守る私とでは視とるもんが違(ちゃ)うかって当たり前じゃ。」


猫塚先生が白狐を、父を裁く立場。


「告美、白狐は鵺(母親)を自分の神域に留めている。墓守として、見逃すわけにはいかない。」


父の力の強さ。

母は、私に悪夢を託した。父の愛情が本物だとしても、母はアヤカシの理を犯すことを望んでいない。
何か自分に出来る事。周りに、これ以上の迷惑は。


「猫塚先生、囮を使わずに私が父と会うのは駄目ですか。」


私の願いが通ることは無く、先生は厳しい表情で首を振った。


「白狐をやっと見つけたのに、逃がしたくない。このチャンスを失えば、二度と。」


眠っていた父は、力を温存していたのかな。
何故、私はこの学校に通っていたんだろう。アヤカシとしての役目を担い、夢に視た吉凶。
何度か不吉を告げ、役目を果たして受けた恨みや憎しみ。曖昧な記憶。


「私が何も理解できないのは、父の配下にあるから?」


知りたいと願ってきたアヤカシの世界。それなのに。


「そうね。」

「そうじゃ。」


涙が溢れ、視界が霞む。
操作されている記憶。曖昧な時間の流れ。

前に光莉は言った。『“彼”も告美を配下に置けんのだけは覚えておいて欲しいんよ』
それなら。


「私は父の配下から抜ける事は出来る?」


涙は零れて止め処なく流れ続けるけれど、視線を逸らさず二人の答えを待った。


「出来るわ。」

「可能じゃ。」


私は涙を拭い、背に力を集中させた。目を真っ直ぐに向け、見つめるのは未来。
この神域、光莉の配下にある場所でも、私は変化できるはず。

誰の配下にもならない。
まだ。

私もアヤカシの能力の減退を望む。
それは同じ神仕えを相手に選び、子孫を残して繰り返す。それ以外は認めない。

私が視るのは吉凶の萌し。
そうだ、鵺は自分の未来を視ることは出来ない。それなら。
あなたについて知りたい。一翔の未来、吉凶の萌しを視たい。

白い肌。背には黒煙の混じる翼。
変化は出来るのに。吉凶の萌しは視えない。


「告美、確かに配下にない言うたけんど。しんどいじょ。視るんは夢の中にしい。焦らんでもえぇ。」


変化は呆気なく解けてしまう。
自分を制御する力に抗いたくて、それも思うようにいかず、情けなさに押し潰されそうだ。


「白狐の捕らえる鵺は変化した姿だったわよね。それなら囮は本来の姿、鵺の方がいいんじゃないかしら。」

「茅草の能力では、物真似が限界やけん。偽物じゃって、すぐ分かるやろなぁ。」


屈狸くん、どうやって私に化けるのかな。凄く気になる。


「それなら、僕の友達に手伝ってもらいませんか。彼なら、僕より力があります。」


私たちを見ることなく、光莉に甘えながら意見を述べる屈狸くんに慣れてきている。
そんな下僕状態に違和感がないのも、どうなのかな。

私は答えてくれるのか戸惑いながら、質問する。


「それって、他のアヤカシがいるってこと?」

「鳥生さんは知っているはずですよ。僕、二人が会っているのを見ました。姫鏡 暎磨(ひめあき はゆま)、鏡のアヤカシです。」


“彼”と会ったのも、この場所だった。

『あなたの敵だと思った者がそうではなく、味方だと思った者も……』
光莉の言葉を思い出す。

“彼”は敵ではない。
だけど。目の前が暗くなり、足元がふらつく。


「神域での変化で、力を使ってしまったのね。」


遠退く声。



疲れた。目まぐるしい変化。
それに付いて行けないんじゃなく、操作された記憶と配下による影響。

少し眠りたい。夢の中なら、視えるかもしれない。
会えるかもしれない。悪夢として奪われ、記憶に残らないとしても……

彼との接点が、今は。

神域なら、一翔は入って来られないかもしれない。
それなら。私の萌し、吉凶は記憶に残るだろう。私の役目。鵺としての存在意義。

深く落ちた闇の中にいるのか、見上げても光は見当たらない。
足は地につかないような、漂う感覚。

それに反して目に入るのは白く、羽毛のような模様の入った腕と、天使のような服。
背中に力を集中すると、広がって羽ばたく翼。

無意識なのか、鵺の本来の姿になっているんだ。


「久しぶり。実際には、そんなに時間は経っていないんだけどね。」


会いたいと願った一翔の声。


「一翔、どこにいるの?それに光莉の神域なのに、どうして。」


翼を広げ、吉凶を視る事より彼を探した。


「神域だろうが、君と同様……夢は俺のテリトリー。今、姿は見せられないかな。仮の姿だからね。」


仮の姿。それは。


「一翔、あなたは自分の事を獏だと、そしてジンマだと言った。それは。」

「言いたくない事には答えない。それだよ。」


それなら、どうして私に会いに来たんだろうか。
感じる矛盾に理解が出来るはずもなく、苛立ちと焦り。

せっかく会えたのに、姿も見えないなんて。


「君の手に入れた悪夢。その球体は俺の母、獏が生み出した物。……役目か、俺は偶然だとは思わないよ。どんな神域でさえ、悪夢のある所なら俺は。」


声は小さくなっていく。
不安に、声を荒げて一翔を呼んだ。だけど、姿は見えないまま。声がすることも無く。

沈黙の闇に、これが記憶に残るという確信があった。
彼と少しの時間でも話が出来たことで満たされた心は、一瞬で貪欲な思いが膨らみ覆す。

足りない。彼の姿を見、視線を合わせて、話をしたい。
彼に触れて体温を感じ、私にも触れて。生じた熱を伝えたい。彼の残した言葉が、頭を巡る。

彼の母と私の母が残してくれた悪夢、それを一翔は知っていた。
彼の母が獏。私の母は鵺。

『本来、鵺(つぐみ)が受け継ぐはずだった力は父方のはず。それなのに母親の能力を表す鳥生(とりゅう)の氏姓』

猫塚先生の言葉を思い出した。
彼の氏姓は空馬。父親はジンマ……“ジン”馬(マ)なのだろうか。私とは違って、両方の能力を持っているのだとすれば。

彼が偶然だと思わないと言ったのは、私との出逢いの事なのかな。
偏るかのように、同じ学校にいるアヤカシが繋がっていく。

鏡のアヤカシと、あんな事があったけれど。それも敵ではなかったのだとすれば。
現実で、強要されるような変化も、何らかの意味があったのかもしれない。

誰の本意も分からず、ただ信頼を重ね。
それぞれの思惑は・・





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