諸々ファンタジー5作品
先を視るが故・・





母から視線を逸らし、周りを見渡した。
社。燐火。上空は青白い炎と同色で、父の神域の中なのだと分かる。ここは学校の屋上。


「お母さん、教えて欲しい。理に反して、父を選んだ理由を。」


私の想いが変わらないと告げたのは、母の理解を得られるような気がしたから。


「潔が神落ちしたのは、私と出会う前。力のない彼は、神仕えと変わらない。」


台座で眠る狐姿の父に目を向けた。
そうだ、彼は“神”ではない。社を構え、定位置は庭の台座。


「だからと言って、神落ちを選んだ私に非が無い訳じゃない。彼を知りたくて、ただ未来を視ることを願い……彼の見ている先を知って、私は受け入れた。どうせ消えるのなら、理を守るも守らないも関係ない。その決定が正しいとさえ、今も思っている。」


姫鏡くんが見せてくれたのは母の視た吉凶の萌し、父の未来であり、あなたにとっての悪夢だった。
それでも。


「死ぬ間際、お母さんの身体をお父さんが出す炎が包んで消すのを見た。火の玉を手に入れた白狐の姿に、恐怖を抱き。もう二度と会えないと思っていたのに私は、あなたに会えた歓びで戸惑う。それは“死神”、猫塚先生が言う様に、理に反する裁かれるべき行為だから。」


何が正しいのか、私には分からない。
立ち尽くして、何も見ようとせずに。心にある自分勝手な思いを告げる。


「私たちは鵺。吉凶を萌して、不吉を告げる。だけど獏に託したその悪夢は私の記憶から消え、役目を果たすことなく私は未来を受け入れた。全ては告美、あなたの為に。」


一翔の母、獏は萌しを口で告げる約束で、自分の能力を継いだ息子の萌しを依頼した。


「お母さんが、悪夢と引き換えで視た一翔の未来は……『ジンマ』の翼が漆黒に染まり、私の死。」


繋がった未来。
父が“神”であったなら、何らかの先を視ていたはず。全てを狂わせたのは私。


「嘘だ、そんな……」


お母さんに視線を向け、言葉を失う。
母の喉元に黒光りする鎌の刃が掛かっていて、それは呆気なく炎を掻き消すように切り裂いた。

力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
感情も感覚もないような時間。


「告美、落ち着きな。もう鵺は死んどるけん殺せんわ。」


後ろから光莉の声がして、私を抱き寄せる。

死んでいるけれど。会えただけでも特別な事だったかもしれない。
そうだとしても、私の目の前で母は。


「私の配下に置いただけよ、安心して。ほら。」


猫塚先生の手には、揺らめく青白い炎。
張り詰めていた緊張や力が一気に抜け、抱きしめる光莉に寄り掛かって息を吐いた。


「むしろ、これからの方が厄介やな。」


光莉は視線を父のいる方向に向けた。
私の肩に手を置いて、ゆっくり体を引き離して立ち上がる。


「人間社会に追い詰められて形作られた理に、抗う力が増幅しただけさ。俺達は全て、運命を覆すために先を視るのだから。」


父の声に、私は地面に手をついて立ち上がる。
光莉は間に立ち塞がる位置で、身構えた。

足元に襲い来る青白い炎。
それを覆すほどの水が湧き上がって、雨のように降り注いだ。


「何で抵抗するん?これから起きることが分かっとんやろ。」


珍しく感情的に叫ぶ光莉の姿に、自分が守られるだけの存在なのかと無力感。


「白狐、あなたの大切な鵺は、私の配下に置いた。」

「お前は、俺も配下に置けるのか?死神風情が。」


小さな狐の姿が、徐々に力の増幅を示すような巨大化を始める。


「未来を視ているのは白狐、お前だけじゃない。時を違える訳にはいかないから、覚悟してもらう。……そうだ、死神が配下に置けるのは命に関する弱者だけ。」


命に関して。
それは死んだ身である母のような立場であり、アヤカシの能力に対しての優位ではない。


「そうやな。あんたは卑怯じゃ、化け猫。ほなけんど、あんたの存在意義を否定せん。出来んやろ。」


光莉は苦笑して、足元に一面の水を張り巡らす。
巨大な白狐は空中に浮かんで私たちを見下ろし、勢いよく吐き出した炎が境内に拡がった。

大きな鎌を回転させて、猫塚先生は炎を振り払う。
かき分けられた火の粉は闇が呑み込んでいった。

そんな状況を先生は気にも留めず、ただ真っ直ぐな視線を父に向けて。


「私が視ていた先は、ここまで。秩序の歯車、鵺の魂を手に入れたから。」


猫塚先生の横で母は鵺の姿になり、翼を広げた。
宙に浮かぶ父を静観する母の想いを、私は理解できない。ずっと、取り残されたような感覚だけが残る。


「後は、私に任しとき。」


歩を進める光莉の腕を、無意識に引いた。


「告美、心配せんでもえぇ。」


不安で引き留めた訳じゃないけど、光莉の邪魔をしてしまったのは確か。
私の態度が理解できないのか、首を傾げて無表情。そっと引き留めた手を離した。


「ごめんね。」


謝る私に口もとだけの笑みを見せ、光莉は背を向けた。
小走りな足が水に波紋を広げ、乾いた足跡から草木が生える。花や実を結んで、勢いを増していく。


「神落ちしたなら、私の配下に入んな!」


緑が境内に生い茂り、空に留まる白狐に絡んでいく。
父が抵抗するけれど、エネルギーを吸い取っているのか、徐々に縮んでいく姿。

母は猫塚先生の、父は光莉の配下になるなんて。


「白狐。あんた先を視て、知っとったばずじゃ。ほなけん、アヤカシを集める管轄の学校を選んだんやろ。それ以外に理由が分からんわ。」


ここがアヤカシを集める管轄の学校。
父も、母とは異なる仕方で先を視ていた。それなら、どうして抵抗をするの?

草木が絡んで弱小化した狐姿。光莉を睨んで無言。
そして青白い火が草木を燃やし、狐姿をも炎が包んで燃え盛る。

父までいなくなってしまうかもしれない恐れに、身を乗り出した。
言葉を失いながら足早に近づくと、鎮火したと同時で人型の父が現れる。


「娘と同年の劣化した“神(アヤカシ)”が、“僕”を配下にするなど笑わせるよね。抗って当然だろ。……宣江を手に入れるために神落ちした時、俺は幸せな未来を望めるはずがないと覚悟したさ。だけど娘を失うなんて、そんな未来があるとは思いもよらない。覆してやるよ、そんな未来。その為の力だ。お前達だって利用する。」


光莉の配下になることを知っていたんだ。
利用するためと言うけれど。

それは先を視るが故・・





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