諸々ファンタジー5作品
『有音と無音の奏曲』



バイオリンの曲は少量で平穏に響く。

PC画面いっぱいに煌めきが散って、光が満ちる中、紺碧の破片は集まり形を成していく。

空中に目を閉じたタクマが鮮明に形成されたのを見て、ホッとした。

ゆっくり目を開けたタクマは、私に微笑みを見せる。

私は両手を広げて受け入れるように差し伸べ、その元にタクマが舞い降りた。



小さな優しいバイオリンの曲が停止する。

そんな感動的な画に音は無く、響く心音が曲を奏でる様だ。



地に足を付けたタクマと抱擁し、一斉に観衆の歓声が包む。

難攻不落の城は主を失い、世界に平安が満ちる…………夢物語の終焉



光は観衆を呑み込んでいく。歓声の音量も徐々に小さくなって、消えた。

タクマは、私の頬と耳を撫でるように髪をすく。

私はその掌に口づけ、そっと手を添えて頬をすり寄せた。

私の様子に、愛しさの満ちた優しい微笑みの後、目を細めて顔を近づけるタクマ。

受け入れるように、私は顔を上げて目を閉じた。



二人を光が包む。

逆光にシルエットだけのキスシーン。



……無音……



日曜日は、夜更かしで生活リズムを崩した。

驚くような時間に起きた私は、PCの画面にあるメッセージに戸惑う。

『火曜日の放課後、音楽第一教室で預かっていた物を返します。』



その後、『独創サイト』にログイン出来なかった。サイトが見つからない。

心は何かを失ったように満ちることはなく、不安定。



……無音……



火曜日、足取りは重く静かな通学路を歩む。

周囲の音も遮断するような虚無感。



闇を望み、音のある世界に浸った。光を注いだのは、タクマ……

私は嫌々、囚われに身を置き……降り注ぐ光に溺れ、息も出来ないほど心が躍り、湧き上がる歓喜に満たされた。

願ったのではないヒロインに、成り切り……目覚めれば現実…………



いつもの道を無意識で歩き、辿り着くのは晴のいる教室。

入り口に足を入れ、視線を感じた。

「おはよう。」

挨拶を述べると、教室の中から返事が在る様で無い。

微妙な反応に、不思議と周りを見渡した。こそこそと、2・3人が数か所で私を見ながら戸惑いの様子。

『ほら、あなたが言いなさいよ。』

『それ、私たちが言う事?』



何?

首を傾げながら、あのゲームの世界での事は周りには分からないはずだよね……なんて、思わず苦笑した。



自分の席に移動して、イスに座りながらカバンを開ける。

いつも遅刻かギリギリの男子の集団が、騒がしく近づいて来るのが分かった。教室の入り口手前で、大きな驚いた声が響く。

「え!?あの二人、別れたの?」



……え?

目を見開き、本を持った手が止まる。視線は本に保ったまま。

教室の雰囲気に、いつもは鈍感なはずの男子たちが口を閉ざした。

私は、ぎこちない動きで本を机に入れる。

私と晴を交互に見ているのかな。教室の空気は重く、視線を感じる。



晴、彼女と土曜日にデートしていたよね?

私の中には、言い表せない感情が渦巻く。

分かるのは……自分で区別できる感情が不安ではない事、そして疑問が増えていく事だけ。

何故?どうして?何があったの?



休み時間に、別れたはずの木口さんがやって来て、重い教室の空気は更に悪化した。そして、移動する晴と木口さん。

ケンカ中で、別れたんじゃないよね?だって、今更……別れる理由など…………



吐き気を催すような自分の中で整理できない感情。答えなど出ない疑問が増えて膨らみ、グルグルと回る。

思考を乱し、無感覚になった心はかき乱されて、治まることを知らないようだ。



失った恋が、見つけた想いのあやふやさに絡んでいく。

生じた隙間を、埋めようと手を伸ばした矢先……私は、何に囚われていたのかな……



晴への恋を失い、癒しを求めた闇にも埋もれず、光を注がれてヒロインを味わった。

混乱の現実に付いて行けない。どうして、こうなってしまったのか……

逃げたい。もう、私はヒロインではない……囚われから解放された。

放課後、約束の対面で……タクマは、晴からのメモを返してくれる。

今更……見て、何かが変わるの?



晴との淡い時間は、あの日から永遠に止まって動かない。

心は夢のような物語に引き込まれ、味わったヒロインが自分自身の事だと錯覚に陥った。

ネット恋愛の結末を、目の当たりにしていたのに。

まるで、あの出来事がタクマの予防線だったのではないかと思えてくる。

そう、私はタクマの顔も知らない。接触は、文字と音。



音のある世界に魅せられ、音が途切れる瞬間に惹かれ……解放を願った囚われに留まりたいと願った……

目覚めれば現実に戸惑い、理解できない行き止まりに、ヒーローは現れない。



有音と無音の奏でる曲に翻弄されて……私は、最初より悪化した泥濘を望む。

もう、辛い想いはいらない……与えないで、これ以上…………




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