諸々ファンタジー5作品
『サイバー・パトローラー』



タクマは剣をブルードラゴンの腹部に刺したまま、そこから後ろ向きで飛び降りた。



「装備の色が違うし、髪型が違うから気づかなかったけど、アレ……」

「だよな?」

観客のざわめきが音声で耳に入り、画面に文字が増えていく。

「消えたんじゃなく消されたのか?」

「白鉄で統一された装備と、腰まである銀髪の女戦士……」



一瞬の静寂の後、声が重なった。

「アジュール。」



その言葉を遮るように、ブルードラゴンは機械音を何度も放つ。

「操作、しやがったな?」

憎しみのこもった声音。

「都合の悪い事を知られるのが、そんなに恐ろしいのか?……今度は、お前を永遠に葬ってやる。」



勇者アジュール……女性なのかな……何だろう、この胸の違和感。

締め付け、抉られるような……表現できない痛み。

私は画像を見つめ、胸元の服を握り締めて押さえ付けた。

しっかりしなきゃ。私は、タクマが選んだヒロイン……なのだから。

誰かの代わりだとしても、今、タクマと共闘しているのは私。戦いに集中して、彼を援護しよう。

目を真っ直ぐに、画面を見つめて動向を見守る。



ブルードラゴンの腹部に刺さった、剣による傷から漏れていた黒い霧状の物が徐々に少なくなって止まった。

「くくっ、あはははははは!この世界は俺の物だ。同じ手は、喰わない……そんな防御しかできないような奴を連れて来て、何の役に立つ?」

ブルードラゴンの視線は私に向けられ、先ほどとは違う胸の痛みを感じた。鋭い刃が刺さったような衝撃。

精神攻撃に、頽くずおれてしまいそうだ。

自分が出来る事さえ理解していない私に援護できるの?彼が促すキーを押すだけ……



『ヒロインの助けがないと、この世界に平和は訪れない。点滅するキーを押して欲しい。それまでは何にも触れず……待っていて欲しい。例え、俺が死んだとしても。』



ブルードラゴンはタクマの方に向いて静止し、足元に魔方陣が広がる。

そして口を徐々に大きく開き、その中に渦巻くような何かが膨らんでいく。その大きさに伴い、耳鳴りの様な音が大きくなって止まった。

画面に浮かんだ新たな文字の点滅『3あ#』。私は細心の注意を払いながら押した。



「イェシルクト!」

これも……防御。しかも、私の周りだけを保護する盾……。



ブルードラゴンが吐き出した渦巻く光線の様な物が、タクマと私に直撃。

ゲームをしたことのない私でも理解できる。盾の守備範囲は、私だけを守ってタクマは守れないのだと……これも、タクトの意図するところなのかな?

タクマは渦に巻き込まれ、ブルードラゴンに呑み込まれた。



『例え、俺が死んだとしても。』



あの大きな防御の呪文だったなら、彼も助けられたはずだ。力が尽きてしまったのかな?押し間違えた?

……そんな防御しかできない奴……本当に私は、役立たずなのかな。

違う……この状況を、タクマは予測していた。その上で、私に協力を求める言葉を告げたのだから。

彼の指示を待とう。



タクマを呑み込んだブルードラゴンは、距離を縮めて私を見下ろした。

「わたくしは初めて、防御しか習得していない勇者を拝見しました。勇敢な者に、敬意を表し……受けた屈辱、力の差を以て晴らすとしよう。防御の勇者よ、存分に応戦してくれ。さぁ、楽しもうではないか!」



……饒舌なドラゴンだな。思わず冷静な自分が余所に居て、他人事のように感じた。

あぁ、ゲームをしたことが無いからかな?本来、のめり込むような盛り上がりの最高潮……気を引き締めよう。

何故か冷めてしまった私の見つめる画面に、次の指示が表示された。画面に浮かんだ新たな文字の点滅は『1ぬ!』。

防御ではないのを期待し、攻撃を予測する。



「私は、サイバー・パトローラー。カコ!」

ドヤ顔で、ポーズを決めたセリフ。



…………だよね。

私の武器って、この腰に掛かったタンバリンだろうし。この世界では、さすがにチャットの時みたいな事は……そうでもないのかな?それこそ、チートと言われないだろうか。

タクマは、このブルードラゴンのお腹の中なんだよね?

危機感とか臨場感などはゲームに慣れたのか、ブルードラゴンに冷めたのか。……明らかに後者だな、うん。

さて、残る最後のキーなのか同じ防御なのか……ヒロインの役目も、最終部分。



タクマの望んだ結末を、見せて欲しい

……そうね、そうイメージするとワクワクする。ドキドキと高鳴る心音と共に、次の指示を待つわ。



ん?

雰囲気が、変わったように感じた。思考のさ迷った私が画面に集中すると、何だか様子が異なる。

そういえば短時間だったけど、ブルードラゴンの攻撃も動きも無かった。

「……サイバー・パトローラー?あの“司法省”の噂は、本当なのか!庶務の附属機関……サイバーテロじゃ、ねーんだぞ?マジかよ、俺……は、俺……」

動揺の表れた声と、言葉……私には理解できないけれど、サイバー・パトローラーって凄い事なのかな。



そして、クライマックス……最後の指示。画面に浮かんだ文字の点滅『4う$』。

ぽ・ち・り。

心の余裕から、間違うような不安もなく緊張も無く……それでも、高まる期待と湧き上がる歓喜。タクマの用意した物語に執心。



カコは手を、腰に掛かったタンバリンに移動させ、それを胸の位置に構えて緩やかに揺らす。

胴の部分のシンバルが小さく音を奏でて、音が増えるように響いていく。カコの周囲には音符記号の◇が、タンバリンの発する音に伴って増えた。

カコはゆっくりと目を閉じ、息を吐きだして目をパッと開く。強い眼差しを向け……

「ストメディール・エーアインシオークル!」

足元で魔方陣が急速に広がり、ブルードラゴンに向かって淡い光が放たれた。

それは、足元から魔方陣が徐々に解け、道筋を作るようにブルードラゴンの腹部……タクマの突き刺した剣まで煌めきが連なる。

光の道を辿って、音符記号が移動を始めた。そして……バイオリンの演奏。



「何だ、俺に回復など……しかも、寄託の回復魔ほ―」

言葉が途切れ、ブルードラゴンの奇声が何度も響く。

“寄託の回復魔法”?私の敵に対する行動は、防御でも攻撃でもなく……回復だった。



画面には、その魔法を継続して闘っているカコの姿が映る。

じっと見守り、心は無音で……ジワジワと滲むような心の奥深くの燻り。



光と音符記号は、ブルードラゴンに注がれ続ける。腹部に変化が現れ、膨張していく。

ブルードラゴンの受けた苦しみがそうさせるのか、不安定に大きく揺れ動いて奇声を繰り返す。

悲痛な機械音が響いて、腹部の限界を感じた

その時……ブルードラゴンの体全体が、光と紺碧の破片となって散った。



まるで花火…………




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