諸々ファンタジー5作品
『無音の囚人』



私は、残りの二つ『アジュールとヒロイン』『無音』を見ないで、PCの電源を切った。

直接、タクマから聞きたいと思ったから。

バイオリンの演奏と、特別な音楽第一教室の鍵が開いていた事、この情報でタクマに辿り着ける。

今まで避けていたことで、もう二度と同じような後悔はしたくない。



『接触が欲しかった。』



本当に?

タクマの言葉を何度も思い出しながら、無音の闇に身を投じ夢に落ちていく。



『未來、君をヒロインに選んだのは、接触が欲しかったから。君は現実で、俺に無音を刻んだ……2度も。偶然と、必然の様なタイミングで運命かと思うほどだよ。何から語ればいいのか、会う約束をしてから、ずっとその事だけが思考を占拠した。』



私が知らずに生み出した無音の世界。

2度あったと、貴方は言うけれど私は知らない。

タクマの作り出す世界は、無音と、かけ離れている。それは、貴方が一番よく知っている事。

私は孤独を願い、闇を望んでタクマが提供する世界に浸ったのに、光を降り注ぐ。

解放を望んでいたのに、無音の奏曲に囚われ、抜け出せない。



朝はやってくる。

皆に等しく、必ず巡って上る太陽……未来を刻む時を照らす光。



私はベッドから起き上がり、パジャマを脱ぎ捨てた。

制服のスカートのプリーツが取れていないかを確認し、足を通す。

ファスナーもチェックして上着を羽織る。

長い髪を手首に乗せて服から外に出し、スナップボタンを上から留め、鏡で確認。



階段を下り、洗面台の鏡の前で髪をとかす。

前日に泣いたにしては、そんなに目が腫れていない。顔を近づけ、何度も左右を比べて安堵した。

タクマは私を知っている。今更、繕うのもおかしな話。

それでも、目を合わせて話をするのに、恥ずかしくない姿でいたい。



私のアバターと同じように、タクマも姿を似せているのかな?それとも、あのチャットのように違う外見なのだろうか。

後者ではない気がする。

雪だるまから男の子の姿になって、アズライトやバイオリンの奏者も同じ背格好だった。

うん、先生から情報を得られなくても探せる。絶対に、探し出して見せるわ。

そして、晴にも伝えないといけない。以前の様な関係には戻れないのだと……



前のように玄関の前で私を待っていた晴は、真剣な表情で口を開いた。

「おはよ。……」

続く言葉を呑み込み、私の様子を見ている。

「おはよ。」

私は挨拶を返して、晴を避けるように距離をとる。

「未來、昨日はごめん。話がしたいんだ、一緒に行かないか?」

昔のケンカとは違う。謝って許すようなレベルを超えてしまった。

「晴。私は昨日、メモを見たの。一緒には行かない。これからずっと、それは変わらないと思って欲しい。」

私の言葉で表情は暗くなり、視線を一度落として顔を上げた。

「……未來。俺の自分勝手な行為が君を傷つけた。ごめん……メモで、未來の反応を知りたかった……これだけは、知っていて欲しい。俺は、未來が好きなんだ。」

ほんの少し前なら、どれほど嬉しかっただろう。

晴の声は天地が逆転したように、心に響かない音に変わってしまった。

「晴の気持ちに応えることが出来ない。好きな人が出来たの。」



私は立ち尽くす晴を残して、学校に歩き始めた。

例え交換条件だったとしても、今まで晴と木口さんは付き合っていたことに変わりはない。

時間を共に過ごし、手をつないで……

私の反応が知りたかった?十分に見て気づいたはずよ、私たちの時間は何だったの?

私の事が『好き』だと言うけれど、信じることができない。

心は冷めて、過去の綺麗な思い出までも穢していくような感情を生み出していく。

私の初恋は、みっともない結末を迎えた。

物語にも出来ない。



小さな音に足を止めて耳を澄ます。

学校の門が見える位置で、遠く離れているのに聴こえるバイオリンの音。

止めた足が一歩進み、次の歩を進めて繰り返す度に速度が上がる。

学校の門を通り、上を見上げる。校舎の屋上に人影が見えた。

さっきまで沈んだ心は、打って変わって弾むように心音を加速させる。



会えるだろうか?

走って、息を切らしながら前を真っ直ぐ見つめた。階段を駆け上がり、屋上への道を縮めていく。



「久利さん!」

後一歩、屋上へのドアが見える階段の踊り場。

自分を呼ぶ女の子の声に足を止めて、階下を確認した。

「話があるの。」

木口さんが、怖い表情で階段を上ってくる。

私は息をゆっくり吐きながら、乱れた髪を整えた。近づく木口さんに、どう対応していいのか惑う。

「私、晴くんとは別れないから!」

晴は、私への気持ちを告げたのだろうか。

何故か、木口さんの怒りの中に不安のあるのが汲み取れた。

「木口さん。私は、晴より好きな人が出来たの。さっき晴にも、そう伝えた。二人の問題に私は関係ないわ。」

木口さんは、涙ぐんで睨む。

「……てる。そんな事、分かってるわよ!」

声を荒げ、私に攻め寄って服や髪を掴んだ。

私は痛みに抵抗もままならず、なんとか回避できないかと体を動かす。

足が絡んで、体勢を崩した。

「……あ。」

体が宙を浮くのを感じて、その後はスローモーションのように時間の流れが変わる。

木口さんは口を押え、青ざめて目を閉じた。



もう駄目だ。このまま落ちていく……

諦め、視界を閉ざそうと目を細める途中、階上の手すりから飛び越えた影が見える。

閉じかけた目に入るのは、私に手を伸ばして必死な表情の男子生徒。

……タクマ……?

手が強い力に引かれ、体が大きく揺れて体勢が変化した。

両足が、その位置にある階段を何とか捉え、崩れそうになる。



最初にタクマが私に差し伸べた手は、私の手を捕らえたまま。

視界に入ったタクマは、私の落下の重みを、階段に設置された手すりにつかまって支えた。

素早い動き。

崩れる私を、タクマは自分の身を支えていた手すりを離して、私の腰に腕を回して抱き寄せる。

茫然と、一瞬の出来事を思い返して震えが生じた。



遮断される音。



…………物語の様なヒーローの登場に、心が囚われる。

貴方が音のない世界に現れ、心は惹かれて、夢のように甘い感情を味わう。

私は有音の奏でる曲に満たされて、無音が紡ぐ夢物語に魅せられてきた。

そう……まるでそれは、無音が奏でる曲。

もう、いっそのこと……このまま囚われてしまいたい。



無音な奏曲の囚われ人…………




< 45 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop