諸々ファンタジー5作品
なく



朝、制服に着替えながら夢を思い出す。

記憶に残っていない……なのに切なく、涙が零れた。

自分の記憶?

大人たちが口を閉ざしていた忌まわしい過去。毎年、祭りの時期に聞いた忌詞。

年寄連中が集まり、選挙や昔の栄光を語った。学歴や商売……面白くない話を延々と。

失ったものを憂い、烏を祀る。災いを恐れて……



学校に向かいながら、頭の中は色々な事がグルグルと支配する。

付きまとうのは、不安。

今まで、普通に近づいていた人や挨拶をしていた人たちが、遠巻きに俺を見つめる。

戸惑う。俺は何も変わらない。変わっていないはずなのに……

災いで、すべてを喪う。“すべて”……俺自身?俺に関わる人や物まで?

奪うのは……



自転車置き場で、深いため息を吐いた。

「まるで、あなたが災いみたい。」

この声……

「烏立、おはよう。」

話しかけられたのが嬉しかった。

単純な俺の心は、どうかしているんだろうな。

深まる想い。俺には止めることができない。君は、受け入れるとは言わなかった。

『恨んでほしい。憎んで』

どうして、そんなことを言うんだ?

俺の表情は、そんなに複雑だったのだろうか。

「……おはよう。」

烏立が苦笑しながら、挨拶を返す。

俺は言葉を出そうとして口を開けたが、すぐに閉じた。

訊きたいことはあるが、一つの疑問にも答えず、烏立が去った記憶が辛い。

『すべてを奪いたいわけじゃない』

その言葉を信じたい。そして烏立からの、キス……!

しまった、急に記憶と感覚が交差する。

目が、烏立の唇に。釘付け?落ち着け、心臓!

「白鷺?」

【ドキッ】

今、名前とか呼ばれたら……思考がまとまらない!

鼓動が自分にバクバク聞こえる。

黒紫色の瞳が俺を見つめて……囚われてしまう。このまま、逃れられない。

「烏立、ごめん!」

思わず、抱き寄せた。

腕にいる烏立は、抵抗が無い。サラサラの黒紫色の髪は、冷たく指を流れて行く。

誰にも、渡したくない。俺の物にしたい。それは、普通なのか?

初めて君を見たとき、戸惑った。

その感情が、何なのか知りたくて……周りなんか気にしなかった。

一目惚れ?そんな曖昧な感情が、俺のすべてを奪う?

分からない。けれど……

烏立の頬に手を当て、見つめる黒紫色の瞳に囚われたままキスを落とした。

触れただけの唇。

烏立は、視線を俺に向けたまま。

「烏立、俺は……もっと、君の事が知りたい。このままじゃ、恨んだり憎んだり出来ない。過去の片鱗としてじゃなく、俺自身が……君への想いを確かめたいんだ。逃げないで……」

俺の精一杯の願い。

「……私も知りたい。西嶌の女が、愛してきた家系の末裔だから惹かれるのか……きっと、その答えが……“すべてを喪う”この災いの結末を意味するのだと思う。奪うのは、私。白鷺、何故……古巣に戻ったのか。知って欲しい。放課後、時間が欲しいの。」

烏立の目は、真っ直ぐに俺を見つめ、決意を示す。

そして、いつものように……君は俺から去って行く。残されるのは、いつも俺。

約束は放課後。追いかけることも出来ない後ろ姿を見守る。

腕に留める術も知らず、募る想い。

彼女を嫌う理由に、災いを含めるべきだろうか?

彼女自身が望んでいない。俺から“すべて”を奪う事……

何かが引っ掛かる。腑に落ちない。



教室へ向かう途中、話声に足を止めた。

聞き覚えのある声だったから、声のする方へと疑問も持たずに方向を変える。

近づく声。

やっぱり、愛鷹…………!

足を止め、慌てて後ろに下がる。物陰に二人……相手は誰だ?

「イヤッ!酷い、力じゃ勝てない。」

うわぁ、鷲実?

足が動かない。駄目だ、ここから離れないと!

「……知っている。調子が悪いのも。……もうすぐ、死ぬかもしれない事も。」

……死……

動けなかった足が、フラフラと揺れる。染まって暗闇に落ちる。

喪うんだ。すべて……災いが奪う。


その場を離れた。逃げるように。

父から、鷲実の話は出なかった。

俺の相手にしてしまえば、選べないだろうと考え呼んだ。その答え。

『病の災い。南嶋家も駄目ね。』

鷲実は一人娘。跡取りを残さず、死ねば、消える片鱗。

苦しい……喪う事が、こんなに辛いなんて。

愛鷹……君は、いつから彼女を好きだった?

俺は何も知らずに、災いも気にせず、暮らしてきたんだ。



教室への廊下が長く感じた。

そこには、災いをもたらした片鱗がいる……愛しさと憎しみ……

『恨んでほしい……憎んで』

涙が零れた。

いつから、こんなに弱い自分になったんだろう?

これが本当の自分。何も出来ず、流されるように漂うのだろうか。


道を戻り、屋上へと続く階段を上った。

不用心にも鍵が開いていて、外に出る。町や村を見おろし、ため息を吐いた。

不安だけだった心。胸の部分を押さえ、服を握る。

息詰まる。憎いはずなのに、思い出すのは黒紫色の瞳。

痛んだ胸が、癒されるように甘さで満ちた。矛盾の想いに、感覚が狂う。

誰か……ここから、助けて…………



「白鷺?お前、ここは立ち入り禁止だぞ。おい?大丈夫なのか、来い!影に入るぞ。」

愛鷹が、ぐったりした俺を抱え、屋上入り口の建物の影に連れて行く。

「ちっ!待っていろ、水を持ってくる。無茶、すんじゃねぇ~ぞ?」

愛鷹は、上着を脱いで俺を寝かせ、走っていく。

ふっ。愛鷹に救われる。何も変わらず接して……

愛鷹の気持ちを考えると、胸が痛む。


「白鷺?意識はあるか~?」

【びちゃっ】
額に濡れたタオル。

「……ぶっ。くくっ、お前、少しは絞れよ。」

笑った俺に、愛鷹は笑顔を向ける。

俺は、水の滴るタオルを持って座りなおした。

「白鷺、吐き出せよ。ためすぎは、良くない。俺は、欲望も素直に出すぜ?」

水の入ったペットボトルを渡しながら、ニヤリ顔。

さっき、偶然、知ってしまったんだよな。苦笑してしまう。

「学校は、不味いから控えろよ?」

「見たのか、H!」

【ブッ】
口に含んだ水を思わず噴出し、手首で拭って、愛鷹の態度に呆れる。


「災いの結果は、残った物がある。憎しみと複雑な想い。白鷺、俺は……鷲実だけだ。彼女以外との結婚はしない。普通の家庭になった北巣家も、俺で最後。烏は、これで満足なのだろうか?どうして、烏は古巣に戻る?すべてを無くすのが目的なのか?」

愛鷹は、ふざけた態度から一変し、真っ直ぐに俺を見て語った。

愛鷹と鷲実が、それぞれの未来を見ているのだと理解する。

すべては、烏がもたらした栄光だと聞いた。

それを喪う。与えた物を奪い、確かに残らない。

そこには、何も……なく……複雑に絡んだものは…………




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