諸々ファンタジー5作品
還る



気が付けば、夕暮れ。日の落ちるのが遅いと言っても山は陰るのが早い。

自分たちの教室に戻り、つないだ手を離す。

荷物を取り、さみしい手を見つめ、ため息。

視線を烏立に向けると、そっと手を差し出した。

嬉しさとドキドキに、俺は笑顔で手をつなぐ。

きっと、こんな楽しいのは続かない。今後は周りを気にするんだ。

「白鷺?」

聞き覚えのある声に、思わず身が硬直する。

きっと、手から烏立に伝わったのだろう。俺達の手は、そっと離れた。

「……鷲実。」

言葉が続かなかった。

鷲実は、俺達二人を交互に見、微妙な笑顔。

「愛鷹が自転車を取って、ここに来るわ。少し、時間をもらっても良い?烏立さんも……」

烏立は、戸惑っていた。

護るように前に立ち、小さな声で自分の気持ちを伝える。

「烏立、護るから。俺、頼りないけど我慢して?」

「大丈夫よ。覚悟は、あるわ。」

覚悟か……

彼女が悪いわけじゃない。過去の災いが、鷲実を苦しめているのは理解できる。

それでも……この複雑な感情を、どう処理していいのか惑う。



「白鷺、楽しんだか?」

自転車を押しながら、やって来た愛鷹。俺達を見透かすような視線で、答えを待つ。

自分たちの行動の意味まで、筒抜けなのかと思ってしまう。

「ふ。構えるなよ。否定しない。お前は末裔。烏への愛情は当然……」

胸に刺さる言葉。当然?惹かれたのは、片鱗だから?

釘を刺されたのだろうか。この時間さえ覆るのか?

「愛鷹、意地悪にしか聞こえないわ。」

鷲実が、愛鷹を睨み、俺達に苦笑を向けた。

「丁度、良かったのかもしれない。……見て欲しい、聞いて……」

鷲実は、カバンから出した物を見せる。

俺が、父から受け取ったのと同じ古い巻物。

「これは、南嶋家の家系が記された掛け軸。東西南北に、同じものがあると聞いているわ。」

4人が、鷲実の広げた掛け軸を見つめる。

「家系は、私で終わり。」

鷲実は掛け軸にユーティリティライターを向けた。

【カチッ】
小さな火が、古くて燃えやすくなった掛け軸を呑み込んでいく。

鷲実の手から離れ、地面で炎が掛け軸を覆う。

「白鷺、私ね……もうすぐ死ぬの。子供も産めない。学校は、今日……退学したわ。」

涙を流し、複雑な表情で、鷲実は俺達を見つめる。

愛鷹は自転車を停め、鷲実を支えるように抱き寄せた。

「鷲実の残り少ない人生を、俺がもらうことにした。すべてを喪ってもいい。狂っているのは、俺だろうか……」

「愛鷹、やめて!」

愛鷹はカバンから掛け軸を出し、片手で解いて、燃え尽きようとしている炎に投じた。

泣き崩れた鷲実を、慰める愛鷹。

俺の中で、時間が止まっていた。二人の会話は耳に入らない。

何が起きたのか、理解が追い付かなかった。気づかないうちに、烏立がいなくなっているほど……

燃える火。

すべてを喪っても、手に入れたいと願う……その想いを見つめ。

烏立との短い時間を楽しんだ。その気持ちは…………



俺は一人、自転車に乗って、ゆっくりと薄暗い山道を走る。

家に着き、食事を済ませた。

父の何かを告げようとする雰囲気を感じ、その様子が俺を急かすようで、逃げるように自分の部屋に入る。

丁寧に保管していた巻物を机の上に置いて、そっと広げた。

自分の家系……昔の字で、良く分からない。最後に書かれた自分の名。

途絶えた南と北……鷲実の短い命。残りの時間を共にし、まだ、残せる子孫を拒んだ愛鷹。

俺は?すべてを喪う?喪ったのは、愛鷹じゃないのか?

烏の災いが、残った物を覆す。

俺は、この掛け軸さえ……燃やせない。烏立を護ると言ったのに。

どんな気持ちで、帰ったのかな?俺は、還る場所になる資格が……ない。



窓の外は暗闇。空には月と星が輝き、時間と共に変化する。流れる雲。時間も流れる。

そして、明日が来るんだ。日が昇り、繰り返す日常。

布団に入り、睡魔に誘われ……夢を見る。

俺の今日の記憶……烏立の笑顔。笑う声。好き嫌い、好奇心と苦手意識……

君を知って、心に溢れるのは熱い気持ち。膨らむ想い……

護ると言いながら、自分の感情さえ制御できず、覚悟もない。弱い自分に吐き気がする。

烏立に嫌われたと、痛む心。傷ついたのは、きっと烏立なのに。烏立は、どう感じただろう?

愛鷹や鷲実の下した結論……残った片鱗を捨てた。

最後の烏は、俺の“すべて”を奪う。俺が烏立を手に入れれば……俺が願うのは…………


烏は還る。古巣に。仇の眼?

烏立……もっと、話がしたい。足りない、情報が少なすぎる。

それなのに、加速するように惹かれるんだ。狂ったように、熱く、燃えるような苦しみ。

癒して欲しい。満たして……俺を求めてくれ。

良いよ。もう、あげる……俺の“すべて”。

だから……俺の手に還って欲しい…………




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