諸々ファンタジー5作品
垣間見た悲しみに覚悟を決めて・・





 走って帰宅した私は涙を誤魔化すために、洗面台へと向かった。

水を大量に流して顔を洗うけれど、滴るのが水道の水なのか自分の涙なのか区別もつかない。

感情が落ち着くまで、息苦しいのを我慢して何度も顔を洗う事を繰り返す。

タオルに手を伸ばして、顔を拭い、零れるものがないのを確認してから鏡に視線を移した。

泣いたのが明らかな酷い顔。



 誤魔化し切れないのをあきらめ、自分の部屋に移動して着替える事にした。

カバンを机に置いて、制服を脱ぐ。

目に入る鏡に映った下着姿の自分と手を重ね、見つめる自分がここに居るのだと思うと、ホッとした。

前世……

私は、相多君を選ばなかった。

垣間見たもう一人の人格なら苦手だからね。


『くくく……今度こそ、逃がさないからな。』

『俺の子を宿せ。』


……思い出すだけでも、問題が山積みな発言だなと、苦笑しか出ない。



 “今度こそ”逃がさない……

逃げた私は、彼の子を宿すのが嫌だったのかな。

まぁ……そんな事を言われて、喜んで!とは言えないなぁ。

戦乱の世で、代は私を彼に差し出したのだろうか。

それなら罪悪感を抱いているのは代も同じはず……感じる矛盾。

この平和な時代に、再び彼と私に繋がりを与えた。

しかも真名を教えることまでして……。



考え事をしながら鏡に触れている方の腕に、鳥肌が立っているのが見えた。

じっと下着姿で居るには、春で温かくなったとしても寒い。

部屋着に着替えなきゃ『……寒い。』



 突然、視界が歪んだと思えば、目の前を覆うほどの大量の雪が現れた。

降り積もっていく猛吹雪。

暗闇に立ちつくし、さっきまで居た自分の部屋とは明らかに別の場所。

触れていた鏡もない。

これは……

頭に響く声が大きくなっていく。



『……きっと……この想いは、もっと他の感情。ちがう。好きになっていたなんて認めない。』


……好きになっていたって、それは誰の事を?

自覚して、見つめることを恐れて募るのは罪悪感。

胸の痛みと悲しくて切ない気持ちに、激しい後悔が湧き上がる。

自分の吐く息は白く、足は雪に埋もれて身動きもとれない。

冷たさに感覚が狂って、痛みが熱に変わり……痛覚が麻痺していく。

眠気を誘うような温もりが深く……





「……き、幸!」


叫んで私を抱き起している母の姿が目に入った。

ここに雪など存在せず、寒さも和らいだ自分の部屋に居る現状を知って、思考は落ち着きを取り戻していく。


「ごめんなさい、ちょっと……疲れが出たのかな。休んでも……いい?」


母は、目に涙を浮かべて必死だった表情を和らげて、頷きながら笑みを見せた。

私はそんな母に寄り掛かり、ベッドまで数歩進んで寝転がる。


「引越しや高校入学で、環境も随分と変わったから……それに、最近は友達が出来たみたいだし、慣れて安心したのね。無理せず寝ていなさい。」


布団を被せ、私の頭や額を撫でて優しい笑顔を向ける母。

そっと、私の部屋から出て行った。


「っ。ふ……うぅ……」


声が漏れ、布団を身に覆って涙を零す。

湧き上がる悲しみに近いのは、失恋のような感情。

さっき自覚した気持ちを否定し、自分の想いが不安定で悲しくて……

実らない恋に、どうすることも出来ないもどかしさ。

それが、もっと現実的で……身を切り刻む様な喪失を痛感した。

今の私じゃない……前世の刻まれた記憶だ!



 罪悪感がある。

赦して欲しいと願いながら、それも叶わないような罪を犯したのだと感じるような記憶。

淡い恋心も、掻き消されるほどの罪の意識に苛まれる。

私は彼を選ばなかった?

違う、選ぶ事が出来なかった。



だって恋心に気付いた時には……もう、貴方は…………

死んでいたの。

喪った……

想いを伝えることも出来ずに。



 記憶の引き金は何だったのかな。

無意識で出した言葉かもしれない。

相多君は、大丈夫だっただろうか。

何かを思い出したんだと思う。

切なくて苦しい。



『離れないで。』

その言葉を思いだし、自分に喜びが生じる。

痛みに加わる甘さ……

複雑な感情に、処理が追いつく暇もなく涙が流れていく。

このまま流し去って欲しい……



 現世を望む私は、全てを忘れて……生まれ変わって違う生き方を願わないだろうか。

悲しみと罪悪感、憎しみや激しい後悔……

足りない記憶が矛盾を生んで、処理できない感情が中途半端な未来予想図を描く。

いっそのこと、曖昧な前世の記憶よりも、魂に刻まれた全てを受け入れた方が先に進めるかもしれない。

私の想い……



 刻まれた魂の記憶よ、見せて欲しい。

受け入れたい。

きっと、もっと……ちがう未来があると信じたいから。



彼が望むのは、今の私じゃない……

だけど、貴方が望んだ私も……前世には存在しない。



貴方を選ばなかった事実は変わらないから。

それは、この現世でも同様だと思う。

繰り返さないことを、何故、代は望むのかな?



 涙は止まって、意識は落ちていく。

眠気に誘われるまま、深みに堕ちながら……魂に刻まれた過去を探す。



それは今の私に関係がない。

悲恋の物語を、今更、どうすることも出来ない。

それでも何かが、きっと……もっと、ちがう未来になるよね。



 雪に覆われ、身体が記憶する熱とは異なる記憶。

垣間見た悲しみに覚悟を決めて・・





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