諸々ファンタジー5作品
芽生えた恋に嫉妬の炎と殺意の連鎖





 いつから……それは変化したのだろうか。

記憶にも掛からない淡い感情。

徐々に染まる恋色に、無意識の執着が織り交ざる。

姿を見る度、何かに急かされているのか苛立ちと理解できないもどかしさ。


「あなたは何が目的で来るの?」


彼は敵で、民が私を生贄に保護を求めた。

戦いの経験で力は証明されている。

称えられた勇者。


「忘れたのか?くくっ。一応は俺も、お前の意思を尊重している。俺を受け入れて子を宿せ。」


初めて聞いた時は、その言葉に絶叫した。

何て破廉恥なのかと、喚く私は錯乱状態。

兄様が飛んできて、普段は触れないのに、その時だけは優しく宥めてくれたのを覚えている。

それなのに、この定着した返事に無感覚……穢れた心。

嫌気がしてため息。



 彼は遠目に私を見つめ、様々な表情で外の世界を語る。

私への関心などないのかと思うほどに自由で、自己中心的。

自分の楽しかった事や面白い事が、私も同様なのだと思って同意を求める。

その都度、自分の考えや気持ちを伝えて覆す。

……確かに共通の感覚は存在した。

だけど素直に言える訳がない。



彼は敵なのだから。

そして、いつ兄様を殺すか分からない。



 彼の言葉が途切れ、目を向けると沈んだような表情で、心ここに有らず。

私の元に来ておきながら、別の事を考えるくらいなら帰ればいいのに。

怒りで口を開いて、追い出そうと意地悪な言葉を選んだけど声が出ない。

おかしい、調子が悪いのかな。

もう少しだけ……



私の調子も悪い時があるのなら、彼も何かあったのかもしれない。

しょうがないから、一緒に居てあげるわよ。

だけど、静かなのは落ち着かない。



ふと、目が合って沈黙の一時。

更なる戸惑いに、視線を逸らすことも出来ず高鳴る鼓動。


「……サチ、お前は……ふ。そうだよな、敵の俺を信用したりはしないか。今日は帰るよ。」


大人しく去って行く寂しそうな後姿。

思わず手を差し伸べ、声を出して引き留めようとするけど……何と言って良いのか分からなかった。



独りきりの部屋。

手を下ろし、視線は床を見つめて霞んでいく。

ポタ……ポタタッ。

震える体に不安と、理解できない恐怖……何故、涙が出るのか。

どうして、こんなに寂しい思いをするの。



『敵の俺を信用』するわけがない!

そんなの分かり切ったことじゃない。

どうして帰るの?

いつものように自分勝手に私の気持ちを決めつけておきながら……いつもと違って、私の意見を聞こうともしなかった。

一体、何があったの?

話せばいいじゃない。

いつだって……いつも私に会いに来て…………

私は生贄、貴方の物なのに。



「シロ、シロはいるか!」


急な喧噪に、何が起きたのか分からず騒ぎのする場所を特定する。

涙を拭って立ち上がった。

大勢の民が兄様を探している。

今までにない事。

そっと部屋を出て、兄様の居る部屋の裏側へと庭を通って移動した。

通路は人で塞がれているだろうし、声も届かないだろう。



激変する状況の変化に嫌な予感。


「……彼に妻が……そんな事は聞いていない!何故、こんなことに……今から確認に向かいます。皆さんは、サチに気付かれないようにしてください。命が惜しいでしょう?」


感情的な声から、腹黒さの見える冷静な指示。

驚きに思考が停止して、闇に突き落されるような感覚。

足取りが不安定で、壁にそって地面に座り込んだ。



 何に衝撃を受けているのだろうか。

兄様の知らない部分を見たから?

それもある。

やはり、兄様にとって私は大事な妹ではないの?

命を保たせるための生贄……

彼に妻がいる。



激しい怒りが込み上げた。

妻?

私は何なの。

今まで、私に告げたのは……

『俺を受け入れて子を宿せ』と、言ったじゃない。

私ではなくても出来る事。



『ふ。そうだよな、敵の俺を信用したりはしないか。』


……何を私に告げても、納得しないと判断したのね。

でも……普段、貴方が見せなかった表情は、沈んでいて心ここに有らず。

告げようと悩んで沈む心は、私に何かを願い……望みを抱いたかもしれない。

信用していようがしていまいが、私にも知る権利があるはずよね。

兄様の後を追ってでも、真実を確かめる。



 隔離されたこの場所から出たことはない。

出ようとも思わなかった……兄様が一緒に居てくれるだけで良かったから。

だけど、この心は貪欲にも彼の心を欲している。

この気持ちが純粋なのか、ただの執着……愛着なのかも、今は気づかない振り。



「シロ、大変だ……サチを隠せ!」


身支度を済ませて建物を出ようとしている兄様に、一人の民が走り寄って、息を切らしながら報告した。

私を隠せと。



 目を走って来た方角に向けると、武装した民と中心に女性の姿。

……彼女が彼の妻なの?

美しい容姿に、相応しい正装……私の質素な白い着物とは大違い。

力も権力もなく、立ち向かえるのはこの身一つだけ。


「サチ、どうして……聴いていたのなら理解できるはずだ。来なさい!」


緊迫に、兄様は声を荒げて私の手を引いた。


「いえ、これは兄様には関係のない事。私の問題、命が果てるなら……その時まで。」


私は、兄様に初めての抵抗をする。


「駄目だ!こんなことの為に、お前を……何故、こんな世に生れた。これでは同じだ……」


動こうとしない私に、兄様は涙を零して頽くずおれる。

小さな建物は囲まれ、待機する敵軍から女性が歩いて来た。


「私の名はイチシ。ジキの妻だ。力も無い小さな集落に何を望んだのか、ジキは協定を結んだと聞く。その生贄……巫女のサチ、安心すると良い。私から、この民の命を懇願する。だから、去れ……ここから。」


民などどうでも良い。

兄様の命と引き換えに生贄となったのだから。

隔離から解放されて、私たちの命も保障され、彼からも自由になる。

願ってもいない好条件。

だけど、それを受け入れたいとは心が反応しなかった。

湧き上がるのは憎しみ。

初めて会った女性に、自由を告げられて殺意を覚えるなど……正気を逸している。



 どうしてくれる。

ジキには責任をとってもらわないと、許さない。

自覚した恋心。

彼に対して、いつの間にか芽生えた恋……初めての嫉妬が炎となって、燃え盛る。

それは誰かの命をも奪いたいと願うほどの、間違った感情。

もう、後にも戻れない。

先に進むとすれば、それは自分自身の命を喪う事になるだろう。


 取り囲む軍勢。

私の一言が、すべてを壊す。

それでも……愛してしまった。

侵食されるまま、気付かずに成長した恋心は何という強大な力を発揮するのか。

恐れも無い。

後悔などしない。


「去る?嫌よ。私はジキを受け入れて、子を宿す。私は彼の物。妻のあなたが触れてはいけない所有物。潔く引きなさい。惨めになるのはあなたではなくて?」


分かる。

彼女の内に燻る私への殺意が。

嫉妬の炎。

それは私も同じ。



彼女が見せたのは、短刀……

鞘から抜かずに私に投げた。


「後悔することになるわよ。それは護身用にあげるわ。私は正妻。彼の願いなら子を宿せばいい……あなたに覚悟があるのなら。」


私は激動する感情に震えた。

芽生えた恋に嫉妬の炎と殺意の連鎖……





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