諸々ファンタジー5作品
裏切りに憎しみの転嫁
私の名はサチ…………
目を開けると、そこには大木が丸出しで木々の組まれた天井が視界に入る。
身に被さるのは絹のような肌触りの良い布団。
体を起こし、周りの様子を窺って情けないような小さな声で呼びかけた。
「兄様?」
私の声が聞こえたのか、扉を開けて入って来たのは愛しい兄。
優しい笑顔。
「サチ、目覚めたんだね。」
布団から抜け出し、兄に駆け寄るのは幼い姿の私。
「食事の用意が出来ているよ。おいで。」
近寄った私を抱えて、移動をする兄。
部屋から出て、見える景色は暖かな自然に恵まれた庭。
新緑が生い茂り、近くを流れる川が緩やかなのか、せせらぎが心地よい。
「兄様、近く雨が降りますわね。」
「そうか、皆に伝えるとしよう。」
母は昔、雨を予見し干ばつを告げた。
父と母は近くに居ない。
生きているのかも知らされず、それでも近くに居て世話をしてくれる兄が支えだった。
信頼を寄せ、兄の愛情だけを疑うことなく生きてきたのに。
ある日、身震いが止まらずに予見した未知の出来事。
それに激怒した民に隔離され、閉ざされた場所に現れたのは……
「兄様、何故?……嫌です……嘘だと言ってください!どうして…………」
長い年月に、培ったはずの信頼を裏切る様な見合い話。
「サチ、敵だと思ってはいけないよ。お願いだ、純粋な心で彼を見て欲しい。何の為に、俺は君を見守って来たのか分からないから。」
「兄様!嫌よ……あなた以外に必要ない。一緒だと言ったよね?」
いつもなら近寄る私を抱き寄せて、甘えさせてくれるのに。
後退りながら首を振って、初めての拒絶。
「……シロ、兄だとしても……この想いを間違っているとは思わない。受け入れて欲しい……」
巫女として間違っている?
予見は違えないだろう。
それを受け入れなかったのは民……
私は激化する戦乱の世に、敵との交渉で生贄。
二人の世界に、禁忌も恐れず……想いを寄せた幼い恋心。
それを覆す血生臭い別の集落の民が数人と、若い長の粗暴な振る舞いに嫌気がした。
布を深く被って、顔を隠して遠目に接見。
「顔を見せろ。俺の妻になるなら、必要な確認だよな。」
穏やかに歩く兄とは対照的な、音を荒げて近づく足音に怯えた。
目の前で屈んで覗く。
彼は身構えた私から、乱暴に顔の覆いを奪った。
「…………何だ、この胸騒ぎのような感覚。」
私を見下ろす視線を受け止め、複雑な表情の彼に怒りが生じた。
「無礼者!」
粗暴な自分など、想像したことも無かった。
今までに無い行動。
腕を上げて、手で彼の頬を打った途端に我に返る。
「……あ。」
敵との交渉だと言うのに。
不意を突かれたのか、彼は一瞬の呆け。
痛みに何が起きたのか、理解したのだろう。
私を睨み、鋭い視線で低い声。
「……貴様。」
恐怖に目を逸らすことも出来ず、震えを意識しながら睨み返した。
どうせ、生贄……
気に入らないなら、この村ごと……みんな死ねばいい。
皆……
兄の命も喪う、それだけは嫌だ!
「気に入った。」
彼は不敵な笑みで、そう呟くと体の向きを変えて叫ぶ。
「この贄を質として、協定を結ぶ!」
生贄。
人質。
兄の命には代えられない。
私は、この男の物になってしまった。
悔しさと悲しみを呑み込んで、ぐっと手を握りしめる。
去って行く敵の民の後姿に、村の安堵と歓喜の様子。
散り散りに去って行く人々から取り残された私。
静かな部屋に、そっと入って来たのは愛しい兄の姿。
微笑みはなく、私に触れもしない一定の距離。
「兄様。いえ、シロ……愛しているのは、貴方だけ。あんな粗暴な者を愛せはしない。憎しみこそ宿るとすれば、その位置が覆ることもなく……塗り替えられる感情など有りはしない。」
悲しい表情で、シロは何も答えなかった。
優しさを受けた歓びと愛しさが募った恋心は、求めて止まないシロからの素っ気なさで、不安と恐怖に染まる。
私が何をしたの?
巫女として、感じた未来を告げただけ。
予見は違わない。
先に生じる災害に、いざとなれば逃げれば良い。
けれど、兄……シロは一緒に、逃げてくれるだろうか。
「シロ、シロ……兄様…………」
小さな声で呼んでも、変わらずに応えてくれる。
近くを離れず、私を見つめる優しい視線。
私を常に見守って、変わらず守護してくれる彼に……恋心は期待を膨らませる。
触れてはくれない切なさに、裏切りを味わい……
敵の彼は、私たちの時間を奪う様に頻繁に現れた。
そして気づく。私の弱点に。
優位の視線に芽生える殺意。
「シロと言ったか。お前の兄に対する想い……その心は不実。」
彼の言葉に、私たちの事を何も知らないくせにと、怒りが沸き起こる。
睨んだ私に彼は告げた。
「ふ。くくっ……そんなに大切なら、奪ってしまおうか。俺に心を閉ざすなら、一層の仕置きが必要だろう?」
奪う……
優位な敵の言葉に、民は逆らわないだろう。
私の傍からいなくなる?
それはシロの命を脅かす発言。
「心は奪われない。兄様を喪うなら、私も死ぬ。」
言いなりになどならない。
私の返事に、満足そうな笑みを見せた。
「それでも、お前の心には俺が巣食う。侵食するのさ、拭えない憎悪となって……一生、心から離れることはない。」
彼の言葉に、一瞬……揺らいだ感情。
粗暴な彼が、私を遠目に接見を繰り返し、触れようとはしなかった。
それが自分の中の感情を掻き乱して、憎しみを更に募らせる。
侵食されているとも知らず、彼の策略通り。
私はただ、兄様の裏切りに心を乱されていた。
幼い恋心に振り回されて、募った憎しみに満足していたの。
そう単なる……裏切りに憎しみの転嫁…………
私の名はサチ…………
目を開けると、そこには大木が丸出しで木々の組まれた天井が視界に入る。
身に被さるのは絹のような肌触りの良い布団。
体を起こし、周りの様子を窺って情けないような小さな声で呼びかけた。
「兄様?」
私の声が聞こえたのか、扉を開けて入って来たのは愛しい兄。
優しい笑顔。
「サチ、目覚めたんだね。」
布団から抜け出し、兄に駆け寄るのは幼い姿の私。
「食事の用意が出来ているよ。おいで。」
近寄った私を抱えて、移動をする兄。
部屋から出て、見える景色は暖かな自然に恵まれた庭。
新緑が生い茂り、近くを流れる川が緩やかなのか、せせらぎが心地よい。
「兄様、近く雨が降りますわね。」
「そうか、皆に伝えるとしよう。」
母は昔、雨を予見し干ばつを告げた。
父と母は近くに居ない。
生きているのかも知らされず、それでも近くに居て世話をしてくれる兄が支えだった。
信頼を寄せ、兄の愛情だけを疑うことなく生きてきたのに。
ある日、身震いが止まらずに予見した未知の出来事。
それに激怒した民に隔離され、閉ざされた場所に現れたのは……
「兄様、何故?……嫌です……嘘だと言ってください!どうして…………」
長い年月に、培ったはずの信頼を裏切る様な見合い話。
「サチ、敵だと思ってはいけないよ。お願いだ、純粋な心で彼を見て欲しい。何の為に、俺は君を見守って来たのか分からないから。」
「兄様!嫌よ……あなた以外に必要ない。一緒だと言ったよね?」
いつもなら近寄る私を抱き寄せて、甘えさせてくれるのに。
後退りながら首を振って、初めての拒絶。
「……シロ、兄だとしても……この想いを間違っているとは思わない。受け入れて欲しい……」
巫女として間違っている?
予見は違えないだろう。
それを受け入れなかったのは民……
私は激化する戦乱の世に、敵との交渉で生贄。
二人の世界に、禁忌も恐れず……想いを寄せた幼い恋心。
それを覆す血生臭い別の集落の民が数人と、若い長の粗暴な振る舞いに嫌気がした。
布を深く被って、顔を隠して遠目に接見。
「顔を見せろ。俺の妻になるなら、必要な確認だよな。」
穏やかに歩く兄とは対照的な、音を荒げて近づく足音に怯えた。
目の前で屈んで覗く。
彼は身構えた私から、乱暴に顔の覆いを奪った。
「…………何だ、この胸騒ぎのような感覚。」
私を見下ろす視線を受け止め、複雑な表情の彼に怒りが生じた。
「無礼者!」
粗暴な自分など、想像したことも無かった。
今までに無い行動。
腕を上げて、手で彼の頬を打った途端に我に返る。
「……あ。」
敵との交渉だと言うのに。
不意を突かれたのか、彼は一瞬の呆け。
痛みに何が起きたのか、理解したのだろう。
私を睨み、鋭い視線で低い声。
「……貴様。」
恐怖に目を逸らすことも出来ず、震えを意識しながら睨み返した。
どうせ、生贄……
気に入らないなら、この村ごと……みんな死ねばいい。
皆……
兄の命も喪う、それだけは嫌だ!
「気に入った。」
彼は不敵な笑みで、そう呟くと体の向きを変えて叫ぶ。
「この贄を質として、協定を結ぶ!」
生贄。
人質。
兄の命には代えられない。
私は、この男の物になってしまった。
悔しさと悲しみを呑み込んで、ぐっと手を握りしめる。
去って行く敵の民の後姿に、村の安堵と歓喜の様子。
散り散りに去って行く人々から取り残された私。
静かな部屋に、そっと入って来たのは愛しい兄の姿。
微笑みはなく、私に触れもしない一定の距離。
「兄様。いえ、シロ……愛しているのは、貴方だけ。あんな粗暴な者を愛せはしない。憎しみこそ宿るとすれば、その位置が覆ることもなく……塗り替えられる感情など有りはしない。」
悲しい表情で、シロは何も答えなかった。
優しさを受けた歓びと愛しさが募った恋心は、求めて止まないシロからの素っ気なさで、不安と恐怖に染まる。
私が何をしたの?
巫女として、感じた未来を告げただけ。
予見は違わない。
先に生じる災害に、いざとなれば逃げれば良い。
けれど、兄……シロは一緒に、逃げてくれるだろうか。
「シロ、シロ……兄様…………」
小さな声で呼んでも、変わらずに応えてくれる。
近くを離れず、私を見つめる優しい視線。
私を常に見守って、変わらず守護してくれる彼に……恋心は期待を膨らませる。
触れてはくれない切なさに、裏切りを味わい……
敵の彼は、私たちの時間を奪う様に頻繁に現れた。
そして気づく。私の弱点に。
優位の視線に芽生える殺意。
「シロと言ったか。お前の兄に対する想い……その心は不実。」
彼の言葉に、私たちの事を何も知らないくせにと、怒りが沸き起こる。
睨んだ私に彼は告げた。
「ふ。くくっ……そんなに大切なら、奪ってしまおうか。俺に心を閉ざすなら、一層の仕置きが必要だろう?」
奪う……
優位な敵の言葉に、民は逆らわないだろう。
私の傍からいなくなる?
それはシロの命を脅かす発言。
「心は奪われない。兄様を喪うなら、私も死ぬ。」
言いなりになどならない。
私の返事に、満足そうな笑みを見せた。
「それでも、お前の心には俺が巣食う。侵食するのさ、拭えない憎悪となって……一生、心から離れることはない。」
彼の言葉に、一瞬……揺らいだ感情。
粗暴な彼が、私を遠目に接見を繰り返し、触れようとはしなかった。
それが自分の中の感情を掻き乱して、憎しみを更に募らせる。
侵食されているとも知らず、彼の策略通り。
私はただ、兄様の裏切りに心を乱されていた。
幼い恋心に振り回されて、募った憎しみに満足していたの。
そう単なる……裏切りに憎しみの転嫁…………