諸々ファンタジー5作品

最終章:天性

××××は悲嘆を慰める





 忘れられない想いがある。

それは死を覆すほどの愛。望んだのが間違いだったのだろうか。

降り積もるのは後悔。目の当たりにしたのは、手に入れたと思った君の心が砕けた瞬間。



それなら……

何の為に転生を繰り返す、何のための処罰だったのか。

返答を問う。

死を願う我に対する希望を踏みにじり、今はただ君を守護する。

淡い想いを封じて……



なおも繰り返す希死念慮。

新たな生命にも必ず死の渇望が備わる……天性…………





 私の記憶は途切れ、炎雨だった景色は暗闇に染まっていく。

私(ラセイタ)以外の想いも見ることなく、ただアスターの悲しい声が聞こえ……意識は目覚める前兆を感じ取った。

まだ目覚めたくない。何も知ることが出来ていないから。



『幸、代は夢で見せる事を望んだ。しかし各々から聞いて知るべきだと俺は思う。目覚めよ』



アスター……あなたは残酷な人ね。

私たちの心を苦しめるとしても、最善な方法を選ばせる。

それは、あなたが出来なかった事だから?それとも……そうね、代に答えてもらいましょう。

夢ではなく、この現世で全ての記憶と感情を。

智士くんや相多君にも同様に……

その方が、魂に刻まれた罪悪感を癒せるような気がする。



 相多君。いつの時代も変わらずに、場所が変わっても貴方は……優しい視線で私を見つめる。

そんな視線を信じる事が出来ず、私の心は揺れた。



『貴方の前世に期待した私は存在しない。それでも現世の私を、貴方は望んでくれますか?』



望んではくれない。貴方は、この前世を見て知った。

きっと離れて行くに決まっている。もっと時間があれば……ちがう未来があったはずなのに。



私は私……だよね。

過去の記憶に左右されず、願うのは……貴方も同じでしょうか?



 私たちに降り懸った運命も絡んでいく想いも、きっと……もっと、ちがう未来があると信じたい。

ずっと罪悪感があった。

赦して欲しいと願い、罪を犯したのだと感じるような記憶。

淡い恋心も、掻き消されるほどの罪の意識に苛まれ。



私は彼を選ばなかった?

違う、選ぶ事が出来なかった。

だって恋心に気付いた時には、ユウエンはリコリスを受け入れたのだと聞かされた。

冷静になれば、ユウエンが帰って来ると約束した日の前に、リコリスの元に居るなど考えられない。

私に文様を捧げると誓ったのに。



 貴方を喪った……想いを伝えることも出来ずに。

同様に、ジキを受け入れることも叶わず、悲恋を繰り返した。

それが現世に影響を及ぼしたかのように、私は相多君に近づいてはならないと、不安に近いような言い表せない複雑な思いを抱く。

恐れとは違う罪悪感に近い感情を常に。



彼に感じた『孤独』は、前世の所為かな?

貴方は探る様な視線で私の表情を読み取って、不敵な笑みを見せた。



 私は、この出逢いを憎むかもしれない。

願うのは未来。自分の記憶にある前世に左右されず、今の自分を精一杯に生きる。

例え、それが因果関係だったとしても……幸せになりたい。

前世だろうが現世だろうが、さらけ出した本質が垣間見えたのは本当の事。



彼が望むのは、今の私じゃない……だけど、貴方が望んだ私も……前世には存在しない。

記憶にも掛からない淡い感情。

徐々に染まる恋色に、無意識の執着が織り交ざる。



目覚めるまでに時間がかかり、グルグル回る思考。



「……き、幸。起きてくれ、頼む。」


聞こえる声が大きくなっていき、現実へと呼び覚ます。

相多君の声。



目を開けると、太い木で組まれた天井が見えた。

ここは代の別荘、ログハウスの一室。

横になっていたベッドで身を起こし、声のする方へと顔を向ける。

ホッと安堵した表情を見せて、変わらない優しい視線。

どうして、あなたは変わらないの?


「……ごめんなさい。」


視線を思わず逸らしそうになるのを我慢して、涙ぐむ。


「幸、俺は前にも言ったよね。『前世を利用するつもりだった』と。……少し場所を変えようか。俺は夢から覚めて一番に、この幸の部屋に来たんだ。君の夢とは違い、俺の想いは直接伝えたいと思ったから。」


彼は手を差し伸べ、私の手を引いた。

内心の戸惑いは、何と言い表していいのか分からない。

彼は、赦してくれた?



大きなログハウス。

記憶の操作されていた時に、楽しい計画を立てながら、代から聞いた情報通り。

当時のドキドキやワクワクなど、忘れてしまっていた感情が沸き起こる。

これが今、私の生きている現世。現実。前世は、取り返しのつかない過去の事。

この手の温もりは、ラセイタでもサチでもない私、幸の体験している事。



 彼は階段を下り、一階の広間に向かった。

そこは、全員が集まってゲームをしようと言っていた場所。

大きなソファーが並んでいて、相多君は私に対面で座るように促した。

座った私を見つめ、彼は立ったままで苦笑する。


「俺さ、恨んでいたんだ……数元を。」


恨むのは当然じゃないの?

どうして今、その感情が過去形なのかな。


「数元と初めて会話した日……何かが見えて、それが日に日に鮮明な記憶になっていった。
俺ユウエンを殺した奴が、ラセイタの名を叫んでいた。彼女には、同族ではない者を受け入れた文様……一生触れる事さえ叶わず、愛した者の命約を目前に、俺は死んだのだと。
だけど君は、その命約を破って……死に際の俺に触れた。」


そう、ラセイタが最後に選んだのはユウエン。

私の代への罪悪感の理由。


「ふ。自分に関係のない過去の出来事など、どうでも良いと思っていたけれど。
幸、あの時の俺(ユウエン)は幸せな気持ちで逝ったよ。……後悔がなかったと言えば、嘘になるけれどね。」


相多君は涙を浮かべながら、過去と同様の笑顔を私に見せた。


「数元は俺に、幸の真名(ラセイタ)を教え、俺達の幸せを願っていると告げた。それなのに、俺にはジキの名を告げユウエンの記憶の欠片を渡した。
俺の中に存在する孤独が、数元の告げる前世の話と相応するように感じ、同時に芽生えた殺意。
約束か……幸は覚えていないよね。学校にある大木の桜。そこで、君を見つけた。」


桜吹雪の校庭を通る度に、何かを思い出しそうな香りで、胸が痛むような複雑な感情と既視感。

あの水辺の木を思い出していたんだ。

魂に深く刻まれた記憶。


「……覚えているわ。私も、その時に貴方を見つけたから。」


目が合ったような気がする。

だけど私は県外からの受験で、顔見知りなど居ないし、胸には罪悪感があった。

貴方に近づいてはいけないと思ったの。


「前世を信じた訳じゃない。魂に刻まれた記憶が俺を急かすんだ。それを読み取った数元は、真名と交換条件で俺に約束をさせた。
『彼女を想うなら軽率な行動は控えて欲しい。過去と同様、すべてを喪うような事は避けたい』と。それで、数元は俺に協力すると誓ったんだ。」


真名……


「代は、私にも同じようにしたわ。記憶を少しずつ。まず最初はサチの記憶から……
ふふ。変わらないわね。シロもサチに言っていたのよ。『敵だと思ってはいけない。純粋な心で彼を見て欲しい。』と。私たちの幸せを願っていたのは本当なのよ。」


「数元は何を願って、この転生を繰り返すのだろうか。少し不安になるけど。」


そう、この意図的な転生……誰の願いなのか。


「俺は、思い描いたような幸せの欠片もない巡り合せを憎んでいた。現世で常に、前世の悲恋に押し潰されそうで。……過去は変えられない。だけど俺も、智士や数元の前世を知るべきだと思ったんだ。」


表情は優しく、目を細めて口元は緩やかな笑みを見せる。

懐かしい微笑み。


「相多君、私が謝るのは間違っているみたいに言うけれど……『ごめんなさい。』」


彼は私に真っ直ぐ視線を向けて、はっきりと告げる。


「ごめんな、幸。俺(ユウエン)がリコリスより信じられるような男だったら、ラセイタを敵地に行かせることも無かった。俺(ジキ)が、オヤジに逆らえる奴だったらサチを幸せに出来た。」


あぁ……貴方にも、罪悪感が存在したのね。

相多君は私たちの前世で犯した罪を、受け止める側なのだと思っていた。


「俺は現世で、幸の悲嘆を慰める事は出来るだろうか?」


込み上げる感情に、涙が溢れて止め処なく流れ落ちていく。



 真名の通り。彼の天性の物。

勇敢に戦い真心を持って、ユウエンは悲嘆を慰める…………





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