諸々ファンタジー5作品
前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う・・





 夜明け。

目が覚めると、アスターの姿はなかった。

私の服に乱れは無く、体に布が被さっている。



起き上がり目に入ったのは、私の身に生じた印。

同族の文様は、すべて黒くて何らかの形を模していた。

だけど私のは……なんと色鮮やかに映えるのだろうか。

大輪の淡い花と、鮮やかな緑のつる。



彼に固有の文様など存在しない。

これが種族の違うアスターを受け入れて身に纏った物。

複雑な気持ちが何とも言えなかった。

嬉しい反面、同族ではない者の印を身に纏うことが禁忌を犯したようで、胸が痛む。



後悔など存在しないと思っていた。

村の皆……すべて殺したと聞いたから。

ユウエンが生きていたとしても、彼はリコリスを受け入れた。

心を癒す数日。

アスターの涙が、私に降り注いだあの日から……愛しさは膨らんで…………



 日は刻々と昇っていく。

私はアスターの持ってきた布袋を開けた。

中には皮袋に入った水と、村まで十分に行けるほどの食糧。

身に被さっていた布を小さく折り、布袋に入れた。

地面に敷かれた布は土を払い、それで身を覆って歩き始める。



強い日差し。

村への道程は、あてもなくさ迷った時以上に遠く感じる。

皆は、村は……どうなったのだろうか。

すべてを殺したのであれば、敵は近くに居ないかもしれない。

私は村を正面から見るのを恐れ、遠回りして川沿いに歩いて行く。



 村の家に害はなく、静けさだけが異様な空気を漂わせていた。

頭に被さった布を避け、周りを見渡す。


「……ラセイタ。あなたなの?」


小さな声が後ろから、川の方から聴こえて振り返る。

この声は……


「リコリス、あなた生きていたの?」


私は単純に生存者が居たことを喜んだ。

きっとユウエンが彼女を守ったのだろうと。

近づこうとした私を見て、リコリスの顔面は蒼白になる。

被さっていた布が肌蹴、纏う印が見えていた。


「あの、これは……」


説明しようと口を開いた私に、リコリスは涙を流しながら叫ぶ。


「ごめんなさい!こんなつもりはなかったの。信じて……なんて言えない……う。ふっ……うぅ……ごめんね、ラセイタ。」


何故、謝るの?

彼女は私を見つめ、涙を零して叫び続ける。何度も私に、赦しを請い求めて。

立ち尽くす私の耳に……


「私が受け入れたのはユウエンとは別の人なの。」


今、何を言っているのか理解は追い付いていない。

ただ、疑問だけが生じる。


「リコリス、その文様はユウエンだよね?」


「……違うの。あなたは知らないわ、ユウエンが護っていたのだから。誰にも触れさせず、目の届かない場所で独り占めして特別扱い。羨ましかった……」


何を言っているのか分からない。

リコリスの文様は、似ているけれどユウエンの物ではないということ?


それなら、私は……

約束も守らず、ユウエンを信じることもせずに逃げた。

そして悲しみに暮れ、自分の痛みを理解してくれたアスターを受け入れ、身に纏うのは…………



自分の奥深くに燻る感情が燃えるように熱を発した。


「……あなたさえ、いなければ…………」


リコリスの懺悔も受け入れず、熱が過熱して火炎のように膨らんだのは……罪悪感。

分かっている。

確かに、彼女の行為がなければ未来はちがっていただろう。

だからと言って、自分の決断は罪悪感を抱かずに済んだだろうか。



 村の静けさ。

リコリスの声も届かず、村の中に歩を進めた。

彼女が生きているなら、きっとユウエンも生きている。

そう思うと、足が勝手に動く。



目に入ったのは村の入り口から徐々に広がる炎。

もっと言語を聞き取れる力があれば、何かが変わっただろうか。

アスター……あなたは敵、私の身近な者達を殺した種族。

あなたが死を願っているのを、兵士たちは知っていた。

願った希望。



 火の広がる側から走って来るのは、会いたいと願ったユウエン。

彼も私に気付いて近づいて来るが、途中で足を止めた。

歓びの表情が曇り、目は私の身体を見つめて後ずさる。

自分の纏った文様に、言知れない恥辱。


「嫌だ、見ないで!……お願い…………ごめんね、赦して……ごめ……っ。」


後悔などしないと思っていたの。

どうしていいのか戸惑いながら叫んでいた。

錯乱して、周りなんて見えていない。



「ラセイタ!」


聞こえた声が信じられず、目を向けた瞬間……

ユウエンに突き刺さる剣と、今までに見たことのない怒りを露わにしたアスターの姿があった。



ポタっ……ポタタ……

剣から滴る血が、地面に斑な水飛沫(みずしぶき)を描いていく。

崩れながらユウエンは後ろを確認した。



アスターに生きる希望を与えたのは私。

ユウエンを殺したのは、私が招いた事。



死んだと思っていた。

あなたが生きていてくれるだけで嬉しかったはずなのに。

リコリスを受け入れてはいない真実を告げられたのは、アスターを受け入れた後。

どれほど再会を憎んだだろう。

そして喪った。



固有の文様を身に纏った女性は、その印以外の男性に触れてはならない……

頭では分かっていたけれど、無意識に体を突き動かした。

倒れるユウエンを受け止めた重みで地面に座り込み、見上げた私はアスターの表情に安堵する。

すべてを悟ったように、穏やかな微笑みを浮かべていたから。



私は視線をユウエンに移していく。


「……ごめんなさい。」


ユウエンは力を振り絞り、私の前に膝をついて見下ろした。

悲しそうな表情。

そっと手を伸ばして彼の頬に添えると、ユウエンは手を重ねて苦笑を返す。


「……俺は、もっと踏み込むべきだった。ごめんな。」


自分の心の叫びが聴こえる。

『赦して』


ユウエンの口元を血が伝い、目は徐々に閉じていく。

揺らいだ体を自分の元に抱き寄せ、目に入ったのは文様の変化。



 冷たくなっていくユウエンの体温と同調するように、鮮やかな緑のつるは縮んで茶色くなっていく。

大輪の花々が散って空中を舞いながら、萎れて茶色くなり、風に運ばれて粉々に消えた。

アスターは何も言わず、その様子に視線を真っ直ぐ向けて見つめていた。


「アスター、あなたとの約束は果たせない。ごめんなさい。あなたを愛したのは本当よ。でも、喪った物は大き過ぎた。
……行って。あなたには、なすべきことがあるでしょう?」


私の向けた視線を受け、語る言葉に涙を零した一筋。

そして微笑み、アスターは何も言わすに背を向けた。



 村を呑み込んでいく燃え盛る炎が迫る。それは上空へと舞いながら、熱風を巻き起こす。

その光景で自然の力を目の当たりにし、恐れも通り越したのか、諦めや死の覚悟とは違う穏やかさに包まれた。



何もかも忘れて、この炎に身を委ねれば楽だろうか。

小さな飛び火が降り注ぐ。

炎の量は次第に増え、痛みが自分の罪を赦すような切なさ。



炎雨……



 腕にはユウエン。

もう少し時間があれば。恋心を素直に認めていれば。



ユウエン、リコリス、アスター……

きっと、私が知らな過ぎたのね。

もっと、あなた達を知っていれば。

ちがう未来があったはず。



幸せになりたいと願った。

この記憶は更なる罪悪感へと誘う。

私の本質……真名…………



前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う……





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