小さな傷
「おはよー!」
「あら、美希さん、おはよう」

「ん?なーに、その余裕な態度!まさか?」
「はい、し・ん・て・ん、しましたわよ。」

「えーー!」

他の社員が一斉に振り向いた。

美希をヘッドロックして、急いで更衣室に入った。

「イタタタ、ちょっとわかったから離して!」

ロッカー前で解放した。

「ちょっと進展て、まだ、2回目のデートよね。どこまで?」

私は唇を尖らせた。

「やだぁ、はしたなーい。」
「羨ましい?」

「……。」
「う・ら・や・ま・しい?」

「はい、羨ましいです…。」
「え?聞こえませんね。」

「羨ましいです!」
「よろしい、では、お話して差し上げます。」

こうして、また、昨晩の一部始終を美希に語った。

「はぁー、マジいいわー、その中学生ワールド。」
「でしょ、でしょ!ホントなんか新鮮ていうか、忘れていた感覚、よかったぁ」

「あー、ダメだ。今日は仕事にならん!」

そういうと美希は足でロッカーを閉めて大股で出ていった。

それから、私はきちんと毎日ミリヤさんからの言い付けを守り、朝はリンゴを食べ、化粧も言われた通りにして、紫小物も欠かさず付けた。

3回目のデートは一週間後だった。

何度も恋愛はしてるけど、これほど長く感じる一週間はなかった。

あまりに待ち遠しくて、早めに家を飛び出したため、ミリヤさん言い付けの紫小物(シュシュ)を忘れてしまった。

「やあ、待った?」
「ううん、今来たとこ」

お決まりの挨拶を交わし、その日のデートが始まった。

今日は東京では見頃を過ぎたと言われる桜を観るデートだ。

「ほら、どう?」
「きれい…」

「だろ、この新宿御苑では、今からが見頃な桜がたくさんあるんだよ。」

そう、所謂ソメイヨシノの見所は既に葉桜になりつつあるところが多いけど、ここ新宿御苑では、別の種類の桜が沢山あって種類によっては四月の終わりくらいまで咲いている桜があるらしい。

「あ、」

彼が手を繋いできた。

私の戸惑いをわかっていて、チラッとこちらを見て、にこりと笑った。

私も少し力を入れて握り返した。

すでにキスをしてるのに、真っ青な空の下で手を繋ぐほうが、恥ずかしく感じられた。

同時に幸せな感じもキスの時より強かった。

「ほら、これはまだ蕾もあるけど、一葉と言って大きな八重の花びらをつけるんだ。見頃は来週あたりかな。」

彼は元々動植物が好きらしく、思ってた以上に知識が豊富で、初めて知ったことも多かった。

「真司さん、物知りですね。」
「そうかな、まあ、好きだからつい調べちゃうんだよね。」

彼の説明を聞いて飽きなかったけど、もう二時間近く歩いてたので、流石に足が疲れた。

「少し休もうか。」

彼も察してくれたようだ。

「ここ、御苑の中にある茶寮だよ。この券売機でチケット買うんだけど、ほら見てごらん。」
「え?あ、お抹茶ひとつしかない。」

「そうなんだ、メニューひとつなのに何故か券売機がある。」
「うふふ、なんか面白いね。」

そう言いながら彼がチケットを二枚買って中に入った。

部屋の壁沿いに横長の席が設けられている。

土曜日で少し混んでいたが、お抹茶しかないためか、若いカップルや子供連れがいなかったため、ちょっと落ち着いた雰囲気だ。

少し待つと席に通され、座って1分も経たないうちにお抹茶とお菓子が運ばれた。

「美味しい。」

思わず口をついた。

「なんか、落ち着くね。」

少しタレ目な彼のホッとした表情が、可愛らしかった。

菓子も桜の花びらを象った練りきりで、春の香りを感じた。

お茶とお菓子を堪能したあと、再び御苑を散策した。

「正直言うと、最初に声かけられた時、『いきなりなんだこの人』って思って、ちょっと引いてたんです。」
「そりゃそうだよね。逆なら俺も引くもん。」

「ですよね。しかも、顔とか、私どっちかというとシュッとした目元の涼しい感じの人が好みだから、真司さんどっちかというと丸顔でタレ目だから全然好みと違ったし。」
「は、はっきり言うね…。」

「あ、でも、話してると優しいし、紳士だし、男性として色々いいとこあるなぁ、て思って…キスも強引だったし…」
「あ、それは…」

「あっ、悪い意味じゃないんです。むしろ嬉しいって言うか…」
「嬉しい?」

「うん、女性ってあまり強引すぎるのは嫌だけど、決める時は多少強引でも、男性からリードしてほしいって言うか…その意味でよかったんです。」
「そんなもんなんだ。」

「人によって違うかも知れないけど、少なくとも私はそういうタイプだから、今までの恋愛でも、ちょっと強引なほうが、それについてくっていうか…」
「……。」

「だから、初エッチも、最初その気がなかったけど、何回も言われてるうちに受け入れちゃいました。」
「は、初エッチ?」

「はい、初エッチ。え?なんか言い方変ですか?」
「あ、いや、言い方はともかく…。」

「あと、三番目の彼氏の時は顔はタイプだったんですけど、割とシャイで、なかなかこちらの思う通りに動いてくれなくて、やっと一回エッチはしたんですけど、二回目がなかなかできなくて、結局私から誘ったりして、ちょっと恥ずかしかったです。」
「はぁ…。」

「でも、その点真司さんはうまくエスコートしてくれそうだから安心してます。」
「そ、そうなんだ。ありがとう…。」

翌日真司さんにメールをしたが、なかなか返事が来なかった。

昨日のデートでは、夕方になって真司さんが急な用事を思い出したとかで、結局夕食も一緒にせず、帰った。

おまけに次のデートの約束もせず別れたため、今朝からメールをしているのに昼を過ぎても返事が返ってこない。

LINEもしたが、既読にすらならない。

「どう思う?」

昼休み美希に相談した。

「昨日の出来事、話してみ」

言われたので待ち合わせのところから順を追って話した。

茶寮を出た辺りの話から美希の顔が曇りだした。

「はぁぁ」

話し終わると美希が大きなため息をついた。

「ユウキちゃん…あんた、バカ?」
「はあ?!なーにそれ!ちょっと失礼じゃない!」

かなり大声を発したため、定食屋の客全員がこちらを見た。

しかし、頭に血がのぼった私はお構いなく美希に食ってかかった。

「わかった!ちょっと落ち着こう!」

バカと言われて、落ち着こうって言われても落ち着くわけない。

「悪かった、言い過ぎた。いや、言い方が悪かった。」

手を合わせて美希が頭を下げる。

立ち上がっていた私も急に力が抜けて座り込んだ。

「お待ちどうさま」

注文していた唐揚げ定食が二つ来た。

「とりあえず食べよ。はい!いただきます!」
「いただき、ます。」

不本意だが、昼休みの時間は限られてるから、とりあえず食べた。

「あのさ、ユウキ、確か二つ前の彼氏の時も似たようなことあって私、話したよね?」
「えっ?二つ前…田尻さんの時?」

「そう、田尻さんの時。」
「なんだっけ?」

「あー、これだ、このちょー楽天というか、学ばない姿勢が悲劇を繰り返してるのよ。」
「なんだか…悲しい言われかた。」

本気でちょっと泣きそうになった。

「あのさ、あの時なんて言ったか覚えてる?」
「あんまり。」

美希は大きなため息を一つつくと、諭すように話し始めた。

「あの時、まだ、あまりお互いを知らない内に赤裸々な話はNGだよって言ったよね。」
「赤裸々?」

「そうよ。田尻さんの時も、まだ、キスもしてない時にセックスの話を持ち出して、その後連絡来なくなったよね。」
「そ、そうだっけ?」

「首、締めていい?」
「ごめんなさい。そうでした。でも、今回はキスした後だよ。」

「いやいや、そこじゃない。真っ昼間の桜並木の下で、いきなり下ネタかます?」
「別に下ネタじゃないし。」

「あのさ、あんた自分が思ってる以上にかわいいのよ。」
「?」

「しかも小動物系の無垢な感じで、男子は勝手に『きっとこのコは何も知らない、穢れのないコ』と思うわけ。」
「だから?」

「だから、そんな夢見る少女系の口からいきなりセックスの話とか出たら引くでしょ」
「そっかなぁ」

「そうなの!」

美希が言うには、私は何か普通の女子とは感覚が違うらしい。

私は彼(真司さん)に、将来のことを踏まえて身体の関係とかも大事だから、ちゃんと話しておいた方がいいと思ってたのだが、もっと言えば過去付き合った人にも何度目かのデートの時にはこう言う話はしていた。

美希曰く、それが振られる最大の要因だと言い切られた。

私自身は納得いかなかったが、美希の言う通り私の感覚がずれているかもしれないのはあり得る話なので、客観的に判断してもらおうとミリヤさんに連絡を取った。

ミリヤさんの占いは、初の人は三ヶ月待ちの予約が必要だか、一回面識がある人はミリヤさん直電を教えてくれて、空いていれば相談に乗ってくれる。

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