小さな傷
「いらっしゃい。どうぞ」
「どうも…」

「あら、かなり重症ね。どうしたの?」

私はミリヤさんの占いの後、変化を感じて、実際に良い出会いがあり、つい数日前まで幸せいっぱいだったことを説明し、感謝の念も伝えた。

そして、その後、ここ数日の「悲劇」について語り、未だ彼から返事がこない事実を告げた。

「んー確かにお友達の…」
「美希です。」

「そう、その美希さんが言うことは最もだと思う。」
「うぅ」

ちょっと泣きそうになる。

「あ、でも、あなたの言い分も分からなくはないわよ。」
「……。」

「あなたは、正直すぎるというか、思ったことは口に出すタイプなのよね。」

確かにそうだ。

あまり意識したことはなかったが、仕事でも、友達とかでも、最初は黙って聞いてるけど、自分でもわからないけど、何かのタイミングでスイッチが入ると思ったまんまに話をしてしまう。

それで、誤解を生み仕事の仲間内で変な雰囲気になったり、友達とも、ちょっと疎遠になったこともある。

思い出したが、小学校(多分二年生くらい)の頃、公園で友達数人と遊んでいたら、恐らく木から落ちた小鳥の雛が地面でピーピーと鳴いていて、みんな可愛いと言って近寄り手で包んだりして遊んでいた。

しかし、私はその数日前に誰か(大人)から、野生の動物は赤ちゃんの頃に人の手が触れると匂いがついて、二度と親が近づかなくなり、餌が貰えず飢えて死んでしまう。と聞かされていたので、そのままみんなに伝えると何人かは

「そうなんだ。」

と言って触るのをやめたのだが、割と中心的に振舞っていた女子が

「大丈夫だよ、ほら、ふわふわ、可愛からもっと触ろうよ」

と言って小鳥の雛を離さなかった。

その様子を見て私は

「あなたにその雛は殺されるんだよ。」

と思ったことをそのまま口に出してしまった。

それを聞いた子は悲鳴をあげて雛を放り出してしまい、落とされたせいで雛は死んだ。

周りにいた子どもたちも、逃げるように公園から消えていった。

今考えるととても小学校低学年の子の言い方ではないと理解できるが、この思ったことをそのまま口に出す癖は未だ治ってないと言うことだ。

もちろん、相手を傷つけたり、不快な思いをさせるような発言は控えるようにしている、
つもりだ。(たまに寸止めもあるが)

でも、相変わらず「空気」が読めない。

それが、あまり深い付き合いになってないうちに(特に異性に)セックスの話とかを平気でしてしまい、ドンびかれると言うような事態を招いている。

やっぱり私は少しおかしいのかもしれない。

「で、今回、そのあなたの大らかさが、墓穴を掘ったってわけね。」
「はい…。」

「ふむ…、わかったわ、任せて」

そう言うとミリヤさんは、部屋の奥から箱を運んできた。

よく見るとそれは、寄木細工のような柄で横幅は30㎝くらい、縦は20㎝くらいで、厚みが5、6㎝くらいの平べったいものだった。

開けると中はベルベット生地でできた内箱があり、それを開くと中から、眩い光を放って宝石の装飾をされたネックレスがでできた。

「きれい…」

思わず呟いてしまうほど、それは深いグリーンのエメラルドとダイヤが施されていて、いずれも美しく輝いていた。

「これを貸してあげる」

ミリヤさんは、そのネックレスを持ち上げながら言った。

「このネックレスはね、ある効用があるの。」
「効用…ですか?」

「そう、ちょうど今のあなたのように、迷いが生じている女性に、進むべき道筋を示してくれるのよ。」
「進むべき道筋…」

なんか、ちょっと漠然としていて、ピンとこなかった。

また、こんな高価そうな宝飾を借りるとはいえ万一無くしたり傷つけたりしたら、とりかえしがつかない。

占い師の話と分かりながら、スピリチュアルな感じが前面に出てるのも宗教っぽく気になった。

「派手なデザインだから、見えるように巻かなくてもいいわよ。今の季節ならまだ首回りを隠すような服でも違和感ないし。」

確かに普通に巻いていたら、どこのパーティに行くのか、聞かれそうなデザインだし、かなり服も選ばなければならないだろう。

「巻くと重いから、バッグに入れてるだけでも、効き目はあるから。」

身につけなくてもいいんだ。
なら、ずっと持ち歩くくらいはできそうだ。

「ただし、毎日必ずバッグとかから出して、部屋の北の方角、窓があればベストだけど、なくてもいいから、そこに此の箱に入れて蓋はせずに飾ってください。」
「……。」

「そして、寝る前でいいから、このネックレスに手を合わせて『今日も一日ありがとうこざいました。』て言って1分間祈りを捧げてください。」
「祈り…ですか。」

「そう、祈り、祈る内容は何でもいいわ。ただし人を呪うような祈りはダメよ。」

人を呪うなら祈りではなく祟りだろう。

「でも、なかなか思いつかないです。祈り。」
「そうね、やっぱり今回は恋愛成就だから、好きな人の名前を呼んで、うまくいきますように、とか言うだけでもいいと思うわよ。」

それならなんとかなりそうだ。

「毎日欠かさずお祈りだけはしてね。」

ミリヤさんから謎のネックレスを借りた私は、翌日さっそくそのネックレスをカバンに入れて持ち歩いた。

大粒の石で作られたそれは、けっこう重かったが、肌身離さず持ち歩くよう言われたので、少し大きめの化粧ポーチに入れて、昼休みにも持ち歩くようにした。

会社から帰るとネックレスを出し、部屋の北側にそなえて

「彼から連絡が来ますように」

と祈った。

すると翌日の夕方に真司さんからメールが入って驚いた。

その内容は今日会えないか、というものだった。

いきなり効果ありで驚いたが、未だ何の話かもわからない。

ひょっとすると別れ話かもしれないし、油断は禁物だ。

しかし、取り敢えず7時に新宿の喫茶店で待ち合わせることにした。

「よう、久しぶり。」

真司さんは全く普通な素振りで登場した。

私は言葉を発することができなかったが、真司さんは私の前の席に座ると店員を呼びコーヒーを注文した。

「しばらくご無沙汰しちゃったけど、元気だった?」
「えっ?あ、はい、元気でした。」

正直拍子抜けするような第一声に戸惑った。

「いやぁ、予定より伸びちゃって、連絡も取れずにごめんね。」

真司さんは、そういうと、今来たコーヒーを一口啜った。

「……。」
「いや、ほら出張、カンボジアの田舎町だったからろくに電波も入らないこと多くてWi-Fi持っていったけど、メールもなかなか届かなかったから、心配してんじゃないかと思ったけど、どうしようもなくて。」

「えっ?出張?カンボジア?」
「ん?やだなぁ、行く前に言ったよね。先々週の花見の後に、来週からカンボジアでしばらく会えないし、田舎に行くからメールも出来ないかもって。」

「え、あー…そう…だったね。」

いきなり、なかったことになってる。

私が犯した失態のことは、話題に上がるどころか、彼の記憶から全く削除されている。

それから、二人で食事をして明日彼は早いからと、9時過ぎに別れたが、次のデート予定も決めて、何のわだかまりもなく、過ごせた。

このネックレス効果を改めて感じ、驚いた。

「え?マジ!」
「うん、マジ、ビックリ!」

早速次の日、美希に報告をした。

「すごいね、それ、ミリヤさんの魔法…かな」
「うん、ちょっとビビった。」

「だよね、ちょっとだけ…こわい…ね。」
「う、うん。」

正直ちょっと怖かった。

相手の記憶から不必要なところが削除されていたなんて、本当の魔法としか考えられない。

つまり、ミリヤさんは本物の魔女、としか考えられない。

こうなると、なんかうまくいっていること自体が大丈夫なのか、疑わしくなった。

次の真司さんとのデートの時、彼に思い切って御苑デートの日の私の醜態を覚えているか聞いてみようと思った。

ひょっとすると彼の優しさで、ワザと忘れたふりをして、折角のデートを楽しませてくれたのかもしれない。

とにかく真相を確かめてみようと思った。

「ごめん、待った?」
「ううん、全然大丈夫だよ。」

彼はいつも通りの笑顔だった。

「え?醜態?」
「そう、御苑デートの日の私の言ったこと覚えてる?」

「何のこと?君が言ったこと?」

やっぱり覚えてないようだ。

恥を忍んでその時のことを話した。

「え?君が、そんな話をしたって?嘘だ。あ、もしかして、からかってる?出張で二週間もほっておいたから、腹いせ?」

私はなるべく落ち着いたトーンで、そうじゃないことを説明し、その時の彼の態度についても説明をした。

「僕が?ユウキさんを蔑む?あり得ない。」

そう言って目の前のコーヒーを一口啜った。

「表現が合ってるかわからないけど、少なくとも真司さんは私の話に呆れて、その日はそこで別れたのよ。」
「俄かには信じられないな。」

「じゃあ、もし、私が今突然、そういう話をし始めたら、真司さんはどうする?」
「お酒が入ってないとしたら…ちょっと引くかな」

「でしょ。それが普通だって友達にも言われたから、間違いないと思うの。」
「じゃあ、何で僕はそのことを覚えてないのだろう。」

「実は…。」

彼にミリヤさんの占いのこと、その効果であなたに会えたこと。

そして今回の出来事の経緯を説明した。

「マジで…さらに信じがたいけど。」
「普通そうだよね。占いは魔法じゃないんだから。」

「でも…」
「?」

「でも、もしそうだとしても、君に会えたことには、感謝するよ」
「真司さん…」

「占いに頼り切るのはどうかと思うけど、僕らの出会いのきっかけになったなら、それはそれでよかった、くらいに思うのが、ちょうどいいんじゃないかな。」

確かに真司さんの言う通り、占いは所詮はきっかけと思えばいいのかも。

少し気持ちが落ち着いた。


「あ、いらっしゃい、どうだった彼女?」
「どうも。上手くいきましたよ。」

「そう。」

そう言うとミリヤは奥のキッチンで紅茶を淹れ始めた。

「あの時は、マジでやめようか考えましたけど…」
「けど?」

「ミリヤさんに言われたように、もう少し様子を見てもいいかも、とは思いました。」
「真司くん、懸命だわ。」

「32年間彼女いない歴を変えてくれたミリヤさんですから、信用はしてますけど。」
「よろしい。ユウキさん、少し難はあるけど、顔やスタイルは申し分ないでしょ。」

「はい、それはもう。あの下ネタ言動には参りましたけど…」
「欠点は誰にでもあるものよ。要はどこまで目をつぶれるか、ま、あのガラス玉のエメラルドに不思議な力が宿っていると恐らく思い込んでるでしょうから、そこはそっとしとくのが、得策よ。」

「ですね。なんとかモノにできるように、頑張ります。また、コンサルよろしくお願いしますね。あ、これ今月の…」
「ありがとうございます。」

そう言いながら、ミリヤは厚みのある封筒を受け取り、無造作に引き出しにしまった。

「にしても、僕らみたいな金持ち童貞を相手に、あこぎな商売をして、さぞや儲かってるでしょう。」
「人聞きの悪いこと言わないでくださる。十分人助けにはなってると思うけど。」

「人助け…ね。ものはいいようですね。じゃ、また。」

そう言うと真司はミリヤの部屋を後にした。

了。
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