小さな傷
こうして、私たちの恋は始まった。

翌日約束の時間に待ち合わせの喫茶店に行くと、彼はコーヒーを飲みながらすでに待っていた。

あんなに逢いたかったのに、いざ顔を見たら言葉が思うように出ず、 彼の前に立ち会釈をすることしかできなかった。

そんな私に彼はニコリと笑い、手招いて席を勧めてくれて、飲み物の注文を聞いてくれた。

「ミルクセーキを。」

精一杯の声で告げると、彼は無言で給仕に手を上げて呼び、私の注文を代わりに告げてくれた。

「ありがとう。」
「え?」

「こんな強引な誘いに応えてくれて。」
「あ、いえ…」

「でも…」
「……」

「本当に君にもう一度会いたかったんだ。」

彼によるとあの日友人と共にここでおしゃべりをしているうちに、時間が経ち帰らなければならない時が近づくにつれ、もう一度私と逢って、二人でゆっくりと話したくなってしまい、私たちがお手洗いで化粧直しをしている隙に、テーブルにあった紙ナプキンを取り、自分の下宿の電話番号と一言を走り書きして、自分のハンカチに忍ばせ、私に渡すためのタイミングを見計らっていたそうで、彼がもっともドキドキしたのは、紙を挟んでいるハンカチが、私のものではないことは明らか(男性用の紺のハンカチだった)だったから

「私のじゃありません。」

と言って受け取ってくれないのではないかと思ったことだったそうだ。

正直なところ、一目見て私のハンカチではないことはわかっていた。

けれど、それを渡そうとする彼の目が、明らかに「本気」な感じがして、あえてそのハンカチを受け取った。

彼にそのことを告げると

「既に僕たちはもう一度逢う運命だったんだね。」

と、優しく微笑みながら言われた。

喫茶店を出ると春の兆しが感じられる銀座の街を二人並んで歩いた。

デパートのウィンドウにはもうすっかり春が訪れていた。

「悦子さんはこの銀座で働いているんだよね」
「はい、四丁目にある文具店にいます。」

「あ、あの老舗の?」
「あ、はい。」

私は自分で言うのもなんだが、この時代の中では恵まれていた。

父が税理士、母は専業主婦だが土地持ち(私の祖父が今の新宿は大久保辺りの土地を持っていて、戦後国に接収されるまでは、我が家から人の土地を通らずに国鉄の駅までいけた。)のひとり娘だったため、戦前はとても裕福でお手伝いさんを3人も雇っていた。

私自身は三人姉弟の真ん中だったこともあり、あまり縛られることもなく(やはり長女や長男は厳しくしつけられた)そのせいか性格も自由奔放になっていった。

戦争中は父の実家の岡山に疎開した。

姉や弟は田舎生活に馴染めないようだったが、私はその性格もあってすぐに田舎の子たちと仲良くなり、都会にはない、野山や川で遊び回った。

小学校の低学年の頃、近所の子に倣って真っ裸で川で泳いでいたが、迎えに来たばあや(一緒に疎開していたお手伝いさんの一人)に、流石に叱られて

「お母様には内緒にしておきますから、絶対に話てはなりませんよ」

と釘を刺された。

戦争が終わり、元の家は焼け野原にはなっていたが、土地はそのまま残っていたので、幾らかの土地を売り残った敷地に再び家を建てた。

また、父は身体が丈夫ではないと徴兵検査で丙種とされた(当時徴兵検査は検査結果を甲乙丙丁戌という種別をされ、甲乙はすぐに兵役に、丙は予備役となりすぐに戦地に行かされなかった)ため、結果終戦まで兵役を勤めることはなく、税理士という資格もあったため、すぐに職に就くこともできたので、戦後もそれほど大きな苦労はなかった(身体が弱いと兵役を逃れた父だったが、結局八十八歳の米寿まで生きた)

私は東京に帰ってからは女学校に入り、卒業後は今の銀座の老舗文房具店に勤め、一般男性の労働者よりは良いお給金をもらっていた。

「あの店に勤められるくらいだから、かなりお嬢様ですよね」
「いえ、そんな…」

「僕は一応大学は出ましたが、夜間で昼間は働きながらでしたから、ろくに勉強ができなかった」
「苦労されたんですね」

「いや、苦労なんて…ただ金がないだけですから。」
「お勤め…お昼間のお仕事はなにを?」

「あぁ、横浜ノース・ドッグに。」
「横浜ノース・ドッグ?」

「あぁ、所謂米軍基地ですよ」
「米軍基地でなにを?」

「そこで荷受の仕事をしています。まぁ、運送屋です。」
「じゃあ、英語をお話しになるのですか?」

「まあ、喋りますけど、ほとんどスラングですよ」

そう言って銀次さんは恥じるように笑った。

「英語を話せるなんてすごいです。私など学校では習えなかったですし、羨ましいです。」
「英語、いや言葉なんて慣れですよ。そうだ、今度良かったら米兵の集まるバーに一緒にいきませんか?」

「えっ?でも、言葉が…」
「大丈夫ですよ。日本語でも少しは理解してますし、英語の勉強になりますよ。」

「そうですか。」

正直戸惑った。

戦後十数年経ったとはいえ、かつての敵国アメリカのそれも兵隊達の盛り場に行って一緒に交流を持つなんて、考えたこともなかった。

「気乗り…しませんか?」

あ、見透かされてる。

「無理強いはしたくないですから、またにしましょう。」
「あ、いえ…その…」

「……」
「行ってみたいです。米兵さん達と、会ってみたいです。」

私がそう言うと、彼はにっこりと笑い

「承知しました。では、今度の日曜日はいかがですか?」

私はそれを承知して、彼が私の家の近くまで車で迎えに来ることになった。

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