不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
よく覚えているものだ。確かにそれ以来、俺が来るたび店長の親父さんは何も言わずにモツ煮込みを出してくれるようになり、翠がいる時は小鉢がふたつ並ぶようになった。
この居酒屋を教えてくれたのは祭で、学生の時分はちょうどよい価格帯だった。お互いそこそこ稼ぐようになってもここを使うのは、純粋に居心地がいいからだ。祭は気取らない性格なので、こういう場所の方が好きなのだろう。

今日は祭とふたり、久しぶりに飲もうとくらもとにやってきたのだ。

「今日、翠は?」
「両親とメシだそうだ。祭に会えないのを残念がってた」
「よろしく伝えて。今度別な機会に三人で飲もう」

祭のフラットでどこかのんきな性格は、俺と翠の緩衝材だった。祭がいると場が和む。祭がいると俺も翠も笑える。
というか、翠は俺と祭に明らかな待遇の差をつけてくるのが面白くない。
祭にテストで負けても『今回は譲ってあげるわ』と笑顔で憎まれ口をたたく程度。俺相手だと親の仇とばかりの視線を投げてくる。そりゃ、あいつが俺に勝てたことがないからなんだろうけれど、どこからどうみたって婚約者より友人の方を好いている素振りを見せられるのはどうもしっくりこない。

「仕事、どうだ?」

若き社長に尋ねると、祭はへらへら笑って言う。

「俺はなんにもしてないよ。周りが優秀だから、全部任せちゃってる。俺って人を見る目だけはあるんだよね」
「お気楽だな」

言いながら、祭にはそういう人徳のようなものが備わっていると思う。
周囲に人が集まるような人間性を祭が持っているからなのだ。それは叔父の特務局局長にも共通している。俺が目指すのは、本来祭のような男なのだ。

寛容で柔軟な人間性を養わなければ、特務局をまとめる者にはなれない。さらに斎賀の当主など務まらないだろう。
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