別れの曲
 車が目的地へ着いたらしく、駐車場らしき場所へ入った。この界隈では有名な高級ホテルだ。
 
「音楽雑誌の取材だろ。なんでこんなホテルなわけ?ふつうはスタジオとかでやるんじゃないのか?」
 「うちはお前のことをこういうイメージで売り出したいんだ。だから、ここにした」
 「へえ、こういうイメージって、どういうイメージ?」
 「だから、こんな感じだ。なんていうか、セレブ的なイメージ」
 「それ、詐欺だろ。当の本人は全然セレブじゃない」
 「詐欺じゃないよ。イメージだから。見た目とか雰囲気がそんな感じってことだ」
 「でも高級ホテルはないだろ。これじゃあクラッシックだ。俺はジャズだよ」
 「いいから、つべこべ言うなよ。お前の実力は皆が認めてる。認めてるから売り出したいと思うんだよ。ただ、『売り出す』ってことはビジネスだから、こういう方法も必要なんだ。最初に言ったろ。お前は音楽を奏でる。俺は、それを世に出すために全力を尽くす」
 「誰かに聴いてほしい音楽なら自分ひとりで抱え込んでないで、発信しなきゃだめだ」
 
 彼は、運転席のマネージャーの言葉を途中で切って、つなげた。それを聞いたマネージャーは、ニヤリと口角を持ち上げて笑って言った。
 
 「なんだ。ちゃんと覚えてるじゃん」
 「まあな。記憶力はいいんだ」
 彼がそう返事をしたとき、車のエンジンが止まった。

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