別れの曲
「そういえば、『別れの曲』。あの曲はどうしてアルバムに収録されないんですか?」

 若尾春香の質問は唐突だった。とんだじゃじゃ馬だ。

 「別れの曲」はクラッシックの曲を彼が独自にジャズアレンジしたものだった。しかし、その曲を知っているのは、彼がデビューする前に勤めていたジャズクラブに来る客だけだった。なぜならば、彼はそこでしかその曲を演奏しないからだ。

 「『NOTES』にいらしているんですか?」
 「NOTES」というのが彼が昔勤めていたクラブの名前だった。
 「ええ。あなたが時々現れる、と聞いたので、時々行くんです。マスターとも、もう顔見知りなんですよ」
 「俺は昔『NOTES』で働いていたんですよ。そのよしみで今も時々あそこで演奏をしているんです」
 「存じてます。マスターにいろいろ聞いたんです。んで、私の質問なんですけど…」
 「ああ、『別れの曲』ですよね。あの曲は『NOTES』で完成したんですよ」
 「それじゃあ答えになってないですよ。あたしは、あの曲すごく好きなんです。ケータイの着信も『別れの曲』。たくさんのピアニストが弾いた『別れの曲』を聴いたけど、ジャズにアレンジしたのを聴いたのは初めてでした。アルバムに収録されれば、いつでも聴けるのに」
 「あれは特別な曲だから、『NOTES』でしか弾かない」
 

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