God bless you!~第14話「森畑くん、と」
「こんな時期に何だけどさ」
受験あるある。
〝たまに時間軸が歪む〟
毎日同じ顔を見ていると、自分が1度も家に帰っていないような。
年末年始、3学期を迎えて、塾は毎日毎日、続いた。
2日間のセンター試験が目前、その後すぐ本命国立の試験が控えている。
頭の中は、それで一杯。3学期になって、登校日数はグンと減った。
右川ともすれ違う事が多い。いつものように俺が一方的にメールを送るだけである。こっちの都合で会えない罪悪感も手伝って、右川から返事が無くても説教はしていない。
そうは言っても10回に1回くらいは返事をくれてもいいのに。
あいつはあいつで大変だろうけど……一体何処に行けるんだろうか。
いや、人の心配をしている余裕なんか無いんだと、結局、堂々巡りでまた自身に戻ってくる。
マフラーを外し、ジャンパーを脱ぎ、アクエリアスを一口、何やら熱心にスマホを操っている森畑を肉眼で確認。そこから俺もスマホを取り出して、課題も取り出して……ここまでを手際よくやっていると、
「冬期講習。あたし、よその所も申し込んじゃってさ。やらかしたー」
課題が多すぎて眠れないっっ!と机向こう側の女子が熱烈愚痴り出す。
「ていうか、それ、あのCMのパクリ?」と誰かが突っ込んだが、俺も同じ事を考えた。
ベタ過ぎて思わず見入ってしまい、問題集の途中どこまでやったか……あの一時だけは忘れた。
次に、「俺、不味ったー!」と誰かも雄叫びを上げる。
「小論文、先に問題見てから読み込むはずが……時間配分、間違えたー!見返す余裕が無いっ!」
「初見で合ってりゃ問題無いっしょ」と、また誰かが差し込んだ。
またそれも、俺は同じ事を考えた。
現代文に於いて、読み返して気付くような間違いは殆ど起こらない。勘違いで、それが正しいと思い込んで書いた……という事で無ければの話。
いつか話に聞いていた松平さんが目に飛び込んできた。
その向こう側の……誰だったかも、俺を見た。
重森も……ついでに、ちらっと見えた。他人をどうこうする余裕は無い。今はもう、お互いそうだと思う。
右川とバトルも今は幻。このまま卒業まで切り抜けそうだ。
俺はすぐに課題を開いた。
森畑が、ひょいと振り返ったかと思うと、「こんな時期に何だけどさ」と遠慮がちに言ってくる。
何かと思えば、
「オレさ、ちょっと気になる子ができちゃって。彼女とはまだ続いてんだけどさ」
もう俺にそんな報告は……だった。向こう隣の、確か日向さんという子が鈍い反応をしている。そこから察するに、この子の事じゃないらしい。
「いつかの、彼女の友達?」と聞くと、「いや」と否定して、
「そいつ双浜の生徒なんだよ。ホラ、こないだ居た子、ゲーセンに付いてきた」
藤谷だ。
「あぁー、あいつは今は誰も相手がいないから大丈夫だよ」
しまった!と思った。隣の子もだが、おまえの彼女はどうするんだ?と言いそびれた。ついつい厄介払いできるという卑怯な考えが優先して。
「だけど聞いたらそいつ、おまえの事が好きだって言うんだけど。知ってた?」
「え……」
森畑にまでそんな事と、正直呆れた。
ありえない。口から出まかせ。正確には、右川への対抗心。
「ふざけてんだよ。あんなの絶対本気じゃないから」
「確かに、すっげーフザけてんな」と森畑は確信を込めて頷くと、「お前に全くその気が無いって事で。後はオレの実力でどうにかな」
「うん。頑張れよ。勉強もな」
お互い、口先で笑う。
半分ムッときている日向さんはどうでもいいが、彼女はどうするんだ?って、また言い忘れたな。
「何かそいつも2月は色々受けるみたいでさ。松平さんじゃないけど、大好きな沢村クンに合わせて港北大に近いトコ行きたいみたいだし」
松平さん本人に聞こえるぞ、とうっかり出そうになった。
そこで一端、言葉に詰まる。
森畑の台詞、それには違和感があった。
藤谷は推薦で修道院だ。もう既に行く事が決まっている。
2月に色々受けるとか、そんな話は聞いたことがない。
あの場で、ゲーセンで一緒だった、塩谷と永井。あいつらも仲良く修道院で、もう決まりだ。折山も。
嫌な予感がした。
「あの、クソ生意気なチビ。強引に、どっか引き込んじゃうかな」
笑って言う森畑に、徐々に、わずかながら芽生える棘を押し潰す。
「付き合ってる彼女はどうするの」
「うーん」と唸って森畑は考え込んだ。
今の彼女を思い浮かべても、すぐに答えが出てこないのか。
「大体そういうのはさ、新しい可能性の1つという事で、ちょっと様子見かな」
「そういう付き合いは絶対できないと思う。その……右川だけど」
下から探りを入れる振りで、俺は投げかけた。
森畑は、こっちの様子に気付く気配はない。
「こないだ話した感じだと、そうみたいだな。片思い絶好調。今はもう、おまえしか見てないって感じで」
こんな時でさえ、右川の俺に向かう態度は、他人といる時と全然違うのか。
俺しか見ていない右川。
今でも信じられない。その場に1度居合わせたいと、真剣に願う。
森畑は、俺の顔色を計るように見ていた。
俺に向かうヤキモチにも似た、そんな弱みがつい出た恥ずかしさと同時に、その顔は嬉しさに溢れている。
右川が誰を好きでいようが、自分の口から話題に出すことの全てが、純粋に楽しい。何でもいいから、あいつの事……話を聞いてくれ。
どんなに大人びても、おんなじ18歳。
胸が痛い。
俺ははっきりと、そしてゆっくりと、
「右川だけど……それ、俺の彼女だな」
森畑は大きく伸びをした。
そのままの姿勢で、まるで時間が止まったみたいに固まる。
そして、「……え?」と、首だけで、こちらを振り返った。
「右川カズミ。それが、俺の彼女」
森畑はゆっくりと背中を向けた。
上に伸ばした手を、ゆっくりと降ろす。
1度右手で頭を抱え、左手に替わって頬杖をつき、また右手で口元を押さえる。混乱しているのが、手に取るように分かった。
「おい」と、肩を叩く。
森畑はビクッと肩を震わせた。「い、いや」と後ろを振り返り、俺と目が合うと、「「それは」」と、お互いの声がぶつかる。
「その」と何かを掴むように、森畑は右手を伸ばしてきて、「もう」と、なだめる俺を見て、森畑はもう……言葉を無くして、目を閉じた。
俺も、一緒に閉じた。
思えばあの時、藤谷は、スタバで俺のカップを見て俺と同じ物を頼み、当然のように俺の隣の席を要求した。落ち着いたと見て、森畑が聞かせる事には……あのゲーセンに於いて、「沢村に怒られちゃったらどうしよう」と、藤谷は様子を窺いながら、プリクラを一緒に撮ったと言う。
森畑はその流れで、藤谷が彼女だと確信したらしい。
あの時の藤谷の状況も考えると、確かに誤解する要素は多分にあった。
その時の藤谷は、意図的にそう振舞ったとしか思えない。
後から付いていった右川は、藤谷と2言3言、言葉を交わしただけ。
その時、森畑とはニラみあっただけで、全く話はしていないと言う。
沢村の彼女は修道院を受けるらしいという、いつか小耳に挟んだ事実が、さらに信憑性を増した。先に夜間だと言っとけば……世間体なんて気にしなければ良かった。
「右川と、どこで会ったの」
「いや、駅とか。マックとか」
そんな複数回。
「でも、平気だろ?ケンカしたとか、何かあったとか」
とにかく最悪の事態寸前には間に合ったと、確かめたかった。
「うん」
表情の乏しい感じではあったが、ちゃんと答えは聞けたし。
「あ、いや、ごめん。オレが勝手に話し掛けただけ、だから」
「うん。分かってる」
ちょっと強めに、2度、森畑の肩を叩いた。
森畑は半分背中を向けたまま、
「山下さんの元カノって、あれ本当なの?」
「嘘だよ。右川とは親戚で、従兄弟なんだ」
「従兄弟……へぇ。似てねー……」
山下さんの話、右川の受験の事。
能天気な話で、この雰囲気を飛ばそうとした。
その間、1度も、こちらを振り返らない。
話している間も、森畑がドンドン沈んでいくのが分かる。
右川の話を聞けて嬉しい、ではもう無かった。
俺が話すのを口先だけは笑って聞きながらも、取り返しのつかない事を言ってしまった後悔の中に……今も居る。
もう、本当に、別にいいのに。
その後、講義が始まった。森畑はおそらく集中できていない。
その証拠に、テキストもノートも、1ページもめくっていない。
よりによって、こういう時に限って、森畑のストイックな部分にスイッチが入ってしまうとは……それが、気持ちの回復を邪魔している。
滑り止めとはいえ、森畑の試験の1つが明日に迫っていた。
このままではマズいと、帰り際、後ろから追いかけて、
「試験、集中して行けよ。明日だろ」
「あ、うん。そうそう」
森畑の俺を見る目は、お互い受験生・戦友、またな……では無かった。
厳しい目でも余裕の目でも無い。大人らしいとは言え、やっぱり同じ18年。その動揺、狼狽が、痛いほど伝わってくる。
帰り道。
俺は英語を聞きながら、右川の事を考えた。
そう言えば、右川から森畑の話を全然聞いていない。
それが腑に落ちない。俺に一途、と森畑が言うからには気を許している訳ではないと思う。それなら、どうして何も言って来ないんだろう。
会って話した、ぐらいは聞いてもいいと思った。
はっきり言えない何かがあるのか。単にいつものメール不精か。
明日は、久しぶりに学校で会える。
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