【完】さつきあめ
「綾乃ちゃんと勝負してるって言ってたね。
今日は最初から店に来る予定だった」

「覚えててくれたんですね。でも…」

「誤解しないでくれ。
このボトルは僕がただ飲みたいと思って注文したまでだ。
飲みたい物を飲んで、話したい子と話す。最高の遊びだろう?」

この人は、いつもわたしの全てを見透かしていて、それでいて、わたしが居やすいように居場所を作ってくれるような人だった。

「どうして、あたしを…」

オレンジの爽やかな酸味が喉をすり抜けていく。
小笠原は持っていたグラス越しにわたしを見つめる。
カラン、と鈴が鳴るような心地よい響きがすり抜けていく。

「君はとてもよく似ている」

記憶が重なり合うように全てを繋げていく。

「双葉の由真と、ONEのゆり。その前に1人だけこの系列で指名していた女の子がいてね。初めて君に会った時にはびっくりした」

それはいつか、深海が言っていた事。

‘小笠原さんは…
はるなをつけても綾乃をつけてもシーズンズでは誰も本指名では返したことがなかったんだ。と、いうか俺がこのグループに入ってから…小笠原さんが指名した女の子を見るのはさくらで4人目…‘

「君はとてもその女の子に似ていたから。
でも似ていたのは容姿だけではなかった…
この仕事への在り方とか、真っすぐで純粋なところとか、君を知れば知るほど似てるって
思った」

わたしはもう、その人の名前を聞かなくても誰かわかっていた。

「さくらさん………」

覚えていますか?
初めてナンバー1を掴んだ夜の事を。
あなたやあの人やあの子がわたしを通して見つめていたあの人の事を
全ての物語の中心にいた、あの人の事を。
もしも時間が巻き戻せたのなら、あなたに会う事が出来たのなら、ひとつだけどうしても聞いておきたい事があった。

さくらさん、あなたは誰を愛していたか。

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