【完】さつきあめ
「新人だからということだけじゃなくてね、良い意味で君はこの場所にいることに違和感を感じたんだ。でも今の君の話を聞いてそれは納得かな?
この仕事に就いてる女の子は複雑な家庭環境で育った子がとても多いから。
いや、僕はそれを悪いことだとは思わないんだけど。人は生まれを選べないからね。
心に闇を抱えているのもまた魅力のひとつだったり。でも君からはそういったものを余り感じれなくてね。でも恵まれた環境で育ったことを良くも思っていないようにも感じる」

「んん、なるほど」

「そんな君がこの仕事に就いているのは今も疑問なんだけどね」

と、深くは追及しない言いぶりで小笠原は笑う。

「理由は色々あるんですけど…知りたかったのかもしれないです」

「知りたかった?」

「はい。わたしの大切な人がこの仕事をしていました。
だから同じ仕事をしてみたら、その人の考えていたことも少しはわかるかなって。

小笠原さんの言う通り、わたしは自分の生まれ育った環境をいまは恵まれていると感じることは出来るけれど…それが幸せだと思ったことはなかったのかもしれません。でもいま思ったんですけど、両親がためになるからって小さい時から本をたくさん読ませてくれたんですけど…本はすっごく好きになれたし、それは良かったことだと思います」

「へぇ、気が合うな。僕も本を読むことは好きだよ。とは言っても好きな作家さんは君とはだいぶん違うとは思うけれど」

話をしてみれば、小笠原とわたしの本の趣味はとてもよく似ていた。
それにはさすがに小笠原も目をぱちくりさせて驚いていたけれど
歴史に残るような偉人の作品や、時代小説、ミステリーなど好きなジャンルがとても似ていて、その話で盛り上がっていると「ここまで話せる夜の女の子に会うのは初めてだなぁ」とつぶやいた。わたしもわたしで、自分の好きなもので盛り上がることはやはり嬉しいことで、楽しい時間は風のようにあっという間に過ぎ去っていく。

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