マイ・フェア・ダーリン
なーんだ、と気をよくしてカップに口をつけた瞬間、

「安心しました?」

と言われてちょっとむせた。

「けほっ……何ですか? その言い方」

「いえいえ、何でもないですよ?」

ふわふわという笑顔はいつもと変わらない五日目のお月様の目なのに、なんでこんなにざわつくのだろうかと、心臓のあたりをさすった。

「廣瀬さんって、本当によくわからないです。何考えてるのか、何にも考えてないのか」

「何にも考えてないわけないじゃないですか。打算と計算ばかりですよ」

「そうなんですか!?」

「そうですよ。実際、西永さんはまんまと俺の部屋にいるじゃないですか」

ハッと玄関の方を見たら、

「鍵はかけました」

とすかさず言われた。

「だって、『コーヒー淹れます』って!」

「コーヒーは淹れましたし、『何もしない』なんて言ってないです」

「詐欺ーーーっ!」

あはははは、と廣瀬さんは目尻を拭う。

「冗談です。ちゃんとお返しします」

のんきな空気でリモコンを操作してテレビをつけた。
ニュース番組の流れなのか、プロ野球のキャンプ映像が映されていて、私になど興味ないように真剣なまなざしでそれを見つめている。

びっくりはしたけど、嫌だったわけじゃない。
むしろ望んでいることなのに。

本心を言えない自分を棚に上げ、あっさり引き下がられたことが悲しかった。
ざわざわしていた胸がすうっと冷めて、あたたかくなってきたこたつでも、淹れたてのコーヒーでもあたたまりそうにない。
私もテレビを観ていたはずなのに、いつの間にか視線は手元まで落ちていて、目の奥からじわじわ込み上げるものを感じていた。

「あの飲み会のとき、」

その声に顔を上げても、廣瀬さんはテレビを観たままだった。

「『先輩に頼まれた』なんて嘘です。だから『飯星さんを誘って欲しい』と言ったのも嘘です。俺が、西永さんを誘いたかったんです」

真剣な目で見つめる先に、もうキャンプ映像はなく、画面は各地の天気予報に変わっていた。

「さっきも、下柳さんと会ってるって知ってて、少しでも邪魔できないかなって電話しました。出るまで何度だって掛けるつもりで」

結局聞きそびれていた電話の理由に、私は何も言えなかった。

「優芽さん」

ビクン、と身体ごと心臓が跳ねて、コーヒーにも波紋が広がる。

「……って呼ばれたら、ドキドキしませんか? 俺はいつもしてました。そんなつもりで呼んでないってわかってても。単純ですよね」

何にも言えない私を見て、廣瀬さんはちょっと小首をかしげてふわわんと笑った。

「遅くなっちゃったし、そろそろ行きましょうか」
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