No border ~雨も月も…君との距離も~
「あ……。ご…めん。怒った?」

私は、気まずさに 恐る恐るシンの横顔を
覗き見た。

「覚える? ashの初ライブの日。
お前、俺を呼び止めて…吸い殻、 駐車場に捨てんなって…。」

鼻で笑った後、彼はイジワルそうに
唇を尖らせる。

シンは 壁についていた肘を 戻すと、ジャージのポケットに 両手を突っ込んで 目だけを私に向ける。

「 ムカついた 。」

「……っ!!」 ……あっ思い出した。

「だから、この女 絶対 俺の物にしてやるって……
(笑)」

「意味……わかんないし。」 ……何?ソレ。

「俺に 逆らった。 ……だから 死刑。」

…死刑?…ソレ。こっちのセリフだからーーーー!

「そしたら、曲がってた襟を 紗奈が直してくれた。」

何となく……そこは覚えてる。

シンが そんな事を 覚えていたのが、意外。

ライブ直前の 夕闇の駐車場 ……“ ねぇ、ちょっと待って、襟……曲がってる……。”
そう言って 思わず襟を 直した後、男の子の顔を見て あまりの美少年に びっくりして 引いた。

「電話 もう出るなよ。」

「あ……ぁーー。 う……ん。」

「ホントに?」

「……うん。」

「その返事、本当のヤツ?」

「シンが……。シンが もし本当にいてくれるなら出ないよ。 電話。」

シンの顔が、急に安心した子供みたいな表情に変わる。

少し照れた感じで 、下唇を噛んで笑う彼が とても
可愛くて 愛おしく思った。

“ 紗奈ちゃん”から 自然と“ 紗奈 ”と呼ぶ シンのことが、好きだと思った。

「もう 。そいつとは……会わない?」

「うん。 会わないよ。」

「乗りかえた?」

「 (笑) 」

パッと 差し出された 彼の 手のひらに……

「うん。 乗りかえた。(笑) 」

ashの シンとは 違って見えた 彼の照れた顔、その瞬間に……
私の恋は そこから2人のものになった。…気がする。

いつもの香水の香りが……少し 近く感じる。

シンは 手を繋いだまま 自分のスウェットのポケットに 私の手を 一緒に 突っ込む。

グッと 引き寄せられて思わず バランスを崩す。

彼の二の腕に 右頬がくっついて 男の子の筋肉を感じる。

シンが……近い。

思ったより 大きい シンの手のひらは、意外にも
汗で冷たくなっていて 人間らしかった。

「なんか……言えよ。」

「……えっ。」……無理。言葉なんて出ないよ。

「なんか……お前、今日 可愛くね。」
シンは冷やかすように 笑う。

「……うるさいよっ(笑) 」
いちいち……照れる。

「 いつもより 可愛いよ。まつげ、伸びた?(笑) 」

「 もう……(笑) ほっといてっーー!」

自分で自分の顔が ひどく赤くなっているのがわかる。

悔しいくらい……そこら中が 熱い。


その日のライブは ステージを見下ろす、元はレコーディングに使っていた 小さなスタジオから
ガラス越しに ashに ライトを あてた。

曲の早さや雰囲気、ノリに合わせて

チカチカ飛び交う 光たち……。

今は、照明室となっている この部屋は レコーデイングスタジオだった名残りで、

シンのマイクの音だけが やたらと直通して……

歌詞の合間に入る 息継ぎの音までもが
よく聞こえていた。

その日のライブは、シンのことしか見えなくて……。

記憶が ほとんど無い。

私は、すでに 次の恋に 冷静ではなくなっていた。

シンの移り香に……熱が出た。







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