エリート御曹司は獣でした
久瀬さんの唇に、私が違和感を覚えた時、「もうわかったわよ!」と叫ぶような乗友さんの声を聞いた。


「久瀬くんのことは諦めるし、相田さんにもなにもしないわ!」


苛立ちとショックを滲ませたような声でそう言った彼女は、「なによ、当てつけて……もうどうでもいいわよ」と捨て台詞を残し、カツカツとヒールの音を響かせる。

同期のふたりも乗友さんの後を追い、三人が大会議室から出ていき、ドアが閉められた音がした。


すぐに久瀬さんは唇を離し、「相田さん、ごめん!」と突然キスしたことを申し訳なさそうに謝る。

しかし、その直後にプッと吹き出した。


私は唇に張り付いているものを剥がして確認し、『ああ……やっぱり』と心の中で呟く。

これは付箋だ。

水色の幅が少し広めのタイプで、ちょうど私の唇を隠せる大きさのものである。


キスの前に久瀬さんがポケットに手を入れていたのは、付箋を一枚はがして取り出すためであったようだ。

私の頬に手を添えたのは、口元を隠して、付箋を貼るところや唇の端からはみ出た部分を、乗友さんたちに見られないようにする目的だったのだろう。


ものすごく胸を高鳴らせた分、付箋越しのキスであったと気づいた今は、がっかりしてしまう。


仕方ないか……私は久瀬さんの恋人ではないんだし。

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