エリート御曹司は獣でした
八重子ちゃんが席を立ち、ドアへ向けてスタスタと歩きだす。

「あ、いけない。今日中に係長に提出する書類、まだできていなかった」と言いながらドアを開けた彼女を、私は「待って！」と引き止めた。

口止めは、しないといけない。


「わかっていると思うけど、今のこと、他の人に言わないでね？」


久瀬さんは私を守ろうとして恋人だと嘘をついてくれただけであり、私たちは交際関係にない。

八重子ちゃんが他の人に話してしまうと、事実ではない噂が広まってしまいそうだ。

乗友さんたちにも口止めしたいところだが、下手なことをすれば嘘がバレて、また嫌がらせをされそうな気がする。

それに乗友さんたちはプライドが高いから、私なんかに久瀬さんを奪われたと、自分たちからは噂を広めないだろう。


今は取りあえず、八重子ちゃんに口止めだけをして、後々、ゆっくりと恋人ではないことを説明しようか。

そう思っての声かけに、八重子ちゃんは「もちろんです。絶対に誰にも話しませんので安心してください！」と頼もしい返事をしてくれた。

立てた親指も見せてくれたが、それはなぜか下向きである。


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